ザハラは納得がいかないようだった。拳に力を込めて体を震わせている。エーデル一人に全ての責任を負わせるわけにはいかない、という巫女としての強い使命感が、彼女の全身から溢れていた。

しかし彼女は、強く力を込めていた拳をゆっくりと解いた。目尻に溜まっていた涙を手の甲で強く拭うと、覚悟を持ったまっすぐな瞳でエーデルを見上げた。

「私は巫女としてまだまだ未熟なところがあります。でも、それでも、これから頑張って行こうと思っています。ヨルンが求めていたような完璧な巫女にはなれないかもしれません。ですが、私はそんな彼に、これが巫女としての私だと、胸を張って言えるような存在になりたいと思います」

彼女の強い覚悟に、白竜のエーデルは静かに深く頷いた。

「新しい命もこうして誕生しました。その子を守って行くためにも、そして民を導いて行ける立派な巫女としてなれるかどうか、ずっと側で見守ってくれますか? エーデル」

「もちろんですよ。私の愛しい子よ」

エーデルの優しい心からの言葉に、ザハラは涙を浮かべずに笑った。

決して悲しみの涙は浮かべず、これからの未来を見据えている彼女の存在は、この島にとってとても大きな物になるだろうと、この時の俺はそう強く実感した。

「そんじゃあこうして無事、島の守り神の身を隠した理由も、闇の魔力の謎も、そして新しい命の誕生も、いろいろと解決したってことで今日は宴だな、ザハラ」

ブラッドさんのその提案に、ザハラは嬉しそうに力強く頷いた。彼女の表情には、重圧から解放された明るさが戻っていた。

「エーデル。ところで、この新しい子の名前はもう決めたのですか?」

エクレールさんが、穏やかな声でエーデルに尋ねる。

「いいえ、まだですよ。しかし、この子に名前を付けらもらう人は、もう決めているんです」

エーデルのその言葉に、エクレールさんは少し意外そうな顔をして首を傾げた。

「ラグにも素敵な名前を付けてくれた彼女とは、別人になってしまうのですが、私は彼女に名前を付けて欲しいのです」

その言葉を聞いた瞬間、ブラッドさんは目を見張ると、そのまま勢い良くエーデルの方へ振り返った。

そんなブラッドさんに気がついたエーデルは、優しく目を細めた。その瞳には、彼に向けられた深い信頼が宿っている。

「……参ったな」

そう言ってブラッドさんは、苦笑しながら頬を掻いていた。まるで、予期せぬ大きな役目を任されたことに照れているかのようだった。

エーデルの言う「彼女とは別の人」と言うのは、一体誰の事を言っているのか。そして、苦笑しながら頬を掻いているブラッドさんを、隣にいたカレンは複雑な表情を浮かべながらじっと見つめていたのだった。