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「よし、これで大丈夫だな」  

俺は、レーツェルと右目の魔力を最大限に使って、ソフィアの胸元で不気味に輝いていた魔法陣を、微塵の痕跡すら残さず完璧に消し去ることができた。

その達成感と同時に、全身から力が抜けていくのを感じ深く息を吐き出す。そして、魔力を使い果たしたレーツェルをそっと鞘に収めた。

「これで後は、共振の魔力に全て任せれば良いだろ?」  

そう言いながら、俺は近くにあった木製の椅子にドスンと腰を下ろす。

「さすがに今日だけで魔力を使いすぎた。こりゃあ、暫く体がダルイな……」

数日の間は、本当に魔力なんて使いたくない。心底そう思った。

『お疲れ様です、ブラッド』  

すると鞘に収めたばかりの魔剣レーツェルと、その横に控えていたアルが、柔らかな光に包まれて元の人間の姿へと戻る。

「ありがとな……レーツェル、それにアルも。でも、俺にはまだやるべき事が残っているからな」  

そう言って、重い体を引きずって椅子から立ち上がり、窓から見える遺跡へ目を映した後に、俺は踵を返して部屋から出て行こうとする。

「私もお手伝いしましょうか? 初めての「出産」に立ち会うのは、色々と大変ですよ」

その予想外の言葉に、俺は思わず動きを止める。

「そ、そうだよな……」  

そりゃあ……人間の赤ちゃんを取り上げるわけじゃないんだもんな……。

俺は苦笑いを浮かべ、額に浮かんだ汗を拭いながら、両手を合わせて心底から頼み込む。

「頼む、レーツェル!」  

そんな情けないほど切羽詰まった俺の姿を見た彼女は、アルと顔を見合わせると優しく微笑んだ。


☆ ☆ ☆


「ところでそのブラッドさんは、今どこにいるのかしら? 魔剣のこととか、守護者のこととか、色々と話してくれるんじゃないの?」  

テトのその言葉を半ば聞き流しながら、俺はハンカチで涙を拭っていた。

さすがに、大勢の前で声を上げて泣いているところを見られたのは、猛烈に恥ずかしかった。

テトの問いかけに、アルさんとレーツェルさんは一瞬顔を見合わせると、同時に遺跡の方へと静かに目を移動させた。

そしてレーツェルさんが、一切の悪気なくごく自然な口調で告げた。

「出産中です」  

その衝撃的な一言に、この場に居た俺たち全員は、同時に信じられないほどの声を上げたのだった。