「あれ?」  

俺はふと、壁に立てかけられたサファイアの刀身を思い出した。一目でわかるほど深く入っていたはずのヒビが、跡形もなく消えていることに気がついた。刀身は研ぎ澄まされた鏡のように、部屋の微かな光を完璧に反射している。

カレンが正式なサファイアの主になったことで、彼女から魔力が供給され、そのエネルギーでヒビも直ったのだろうか? ふとそんな推測をしていた時、俺は今この場にいるエクレールさんにしか聞けない、核心に迫る問いを投げかけることを決意した。

「エクレールさん。あなたは魔人族の生体について、何か知っていますか?」  

俺のその言葉に、エクレールさんは優雅に細められていた瞳をぱちくりと瞬かせた。その表情は、意図せぬ質問をされたかのようだった。

そして、彼女はすぐに微笑みを戻すと、確かな自信を込めて答えた。

「ある程度のことは知っています。特にリヴァイからも話しは聞いているのですよ」

「……リヴァイ?」  

俺は首を傾げた。確かその人はエクレールさんの光の記憶の中で、エレノアさんと一緒に出てきた初代魔人王の名前だったはずだ。

エクレールさんは、こちらをまっすぐ見据えた。

「なぜソフィアちゃんが今も目を覚まさないのか、それにはトト様が作り出した雫に関わる、ちゃんとした理由があるのですよ」

彼女の言葉に、俺と肩に乗るテトは同時に目を見開いた。テトは驚きのあまり、一瞬身じろぎもせず固まっている。

「あなた方の体の中には、トト様が作り出した(ロゼ)と呼ばれる、マナを魔力へと変化させる特別な器が存在します。当然それは魔人族にも存在しているのですが……実は、トト様が雫というものを作り出す遥か以前に、魔人族は既にそれと酷似した器を体の中に持っていたのですよ」

「えっ!」  

魔人族が既に雫を体内に持っていた?! それじゃあ魔人族には、元々!

「その魔人族固有の器は、彼ら特有の魔力である、『共振(レゾナンス)』と呼ばれる魔力を完全に発動させるための専用の器なのです。そして、トト様から全種族に平等に与えられた雫を合わせれば、魔人族は雫を体の中に二つ持っている事になります」

「じゃあ魔人族の魔力が、他の種族と比べても圧倒的に高いのって……」

「その通り。雫を二つ持っているからなのですよ」  

その事実に、俺たちは言葉を失った。魔人族の強さの秘密が、今、突然目の前で解き明かされたのだ。

だけど雫が体の中に二つあるからと言って、それが未だ熱に魘されているソフィアの眠りとどう関係するんだ? 俺の頭の中は、次の疑問でいっぱいになった。