あの凄惨な事件が無事終息へと向かい始め、村に張り詰めていた緊張がようやく緩んでも、ソフィアはまだ深い眠りから覚めずにいた。

体の傷は、見た目には完璧とはまではいかないが、もう遠目からは目立たない程度には回復してきていた。しかし、彼女の白い頬をわずかに赤く染める熱だけは一向に引かないでいる。

テトがソフィアの額に小さな手を置いたあと、小さなため息と共に囁いた。

「これ以上このまま眠り続けたら、流石に心配になってくるわね」

「……そうだな」  

俺は、枕元に立つことしか許されない無力な自分を感じていた。ソフィアを襲う見えない苦痛に対し、俺には何も出来ない。

ただ今は、早くソフィアの目が覚める事だけを祈る事しか出来なかった。

そんな己の不甲斐なさが悔しくて、俺は無意識に右拳を作ると、爪が掌に食い込むほど力を込めた。手のひらには、熱い汗がにじむ。

「あらあら、みなさんここに居たのですね?」  

その重苦しい静寂を破って、まるで陽だまりのような明るい声が響いた。声の主であるエクレールさんが、音もなく部屋の中に入ってきた。

彼女の姿は、あの光の世界で見た神々しいものと一緒で、ニコニコと優雅に微笑みながら、周りに金色にきらめく小さな花を飛ばせている。その花びらは、部屋の隅々まで明るい香りを運んでいた。

ここ数日、エクレールさんは大切な人探しをしていて、しばらく村へ帰って来ていなかった。だけど、今このタイミングで戻って来たってことは、探していた人がついに見つかったのだろうか?  

そして案の定、エクレールさんの非現実的なまでの姿に、ロキはまるで彫像のように見惚れている。口を半開きにして、完全に意識が停止したかのようだ。

「やっぱり予想通りの反応だな」と俺は内心で軽く呆れた。

どうせこの後に、すぐに立ち上がって口説きに行くんだろうと思っていたら、なぜかロキはエクレールさんには見惚れるだけで、彼の定位置であるカレンの側から離れようとしない。

その行動には、普段の彼らしからぬどこか抑えられたような違和感があった。そんなロキにどうしたのだろうと首を傾げた時、エクレールさんはカレンの側にあった、淡い青色の光を放つサファイアを見つけた。

「あっ! ようやく見つけたのですよ! サファイア!」

『うっ!』

その時、俺たちの頭の奥深くでサファイアの声らしき苦しげな呻き声が響き渡った。

まさかエクレールさんの探していた人ってサファイアなのか?

しかしサファイアはずっと、誰にも触れられずカレンの側に居た気がするんだけど……。

「もう! ようやく再会出来たのですよ? 照れずにわたくしの元へ、お姉ちゃんの腕の中に飛び込んできても良いのですよ?」

「……お姉ちゃん?!」  

エクレールさんのその、あまりにも突飛で親愛に満ちた言葉に、この場に居た俺たちは全員が衝撃を受けて声を上げた。  

え、エクレールさんがサファイアのお姉さんっていう事は姉妹なのか?!

『……』  

エクレールさんに声を掛けられているサファイアは、ただ規則正しく青い光を点滅させるだけで、何も反応を示すことなくじっとしていた。

その様子に彼女は、まるで幼い子供のように頬を膨らませると、何を思いついたのかニッコリと底の見えない微笑みを浮かべ口を開いた。

「それではみなさん。ここでわたくしから、お話をさせてください」

「お、お話?」  

その言葉に俺たちは、困惑と期待を込めて首を傾げる。

「まだわたくしはみなさんと知り合って日が浅いのですが、ここは互いの理解を深め親睦を深めるという事で、わたくしとサファイアの、誰にも言っていない秘密を暴露したいと思うのです」

「暴露?!」  

エクレールさんの秘密は良いとして、物言わぬサファイアの秘密まで、流石に勝手に晒すのは嫌がられるんじゃないか? 

そう思ってサファイアに目を向けると、彼女はまったく何の反応も示していない。  

そんな沈黙を貫くサファイアに、カレンも心配になったのか目を配った。