「そんな生温い感傷じゃ、この先、本当の意味で大切な人を守り抜くことなんて出来ないぞ」
ブラッドさんは、俺の心の底に湧いた迷いを、まるで鋭い刃物のように見抜き、獲物を捉えるような眼光で振り返った。その紅く光る瞳の、あまりにも絶対的で冷酷な視線に、俺の背筋には電流のような鳥肌が走った。
「要らない同情は、今すぐ捨てろ。お前も守護者、そして魔剣の担い手になったんだから、そんな未熟な感情に振り回されて、判断を誤っても、良いことなんて一つもないんだぞ」
「で、でも……」
俺が言葉を探す間もなく、ブラッドさんは俺から視線を切り、ヨルンの瀕死の体へと目を移した。彼はもう、ヨルンの存在に一切の価値を見出していないかのように、無関心な表情で踵を返した。
「後で全て話してやる。俺がなぜ、この世界でエアの代行者なんて名乗っているのか、そして魔剣とは、守護者とは、いったいなんなのかをな」
「……」
俺は、全てを背負い込むかのように歩き去るブラッドさんの、重厚で孤高な背中を見つめることしか出来なかった。彼への怒り、疑問、そして畏敬の念が混ざり合い、拳を強く握りしめた。
その時、地面に倒れたヨルンへと目を戻した瞬間だった。
「ヨルン!!」
頭上から、悲痛な叫び声と共に、ザハラが急降下するように俺たちの傍に着地した。彼女はヨルンの体を慌てて抱き起こすと、大粒の涙を、彼の変わり果てた服の上に落とした。
「ヨルン……、どうして……どうして、貴方はこんな恐ろしいことを!」
ザハラの声に、意識を失いかけていたヨルンが、重い瞼をゆっくりと開いた。その瞳にザハラの姿を映すと、彼は力なく、諦観に満ちた苦笑を浮かべた。
「どうしてって……。そんなの、簡単なことですよ、ザハラ様……」
ヨルンはそう言うと、残された最後の力を振り絞り、黒く変色し始めた指先で、彼女の涙に濡れた頬に触れた。
「あなたに……巫女になって、世界の重荷を背負ってほしくはなかった」
「……えっ?」
その、あまりにも純粋な自己犠牲の動機に、俺は言葉を失い目を見張った。
「あなたは……泣き虫だし、弱虫だし、エーデルがいないと、……僕という存在がそばにいないと、何も満足に出来ないじゃないですか」
「……ヨルン」
「だから……あなたには、巫女なんていう過酷な運命は……似合いませんよ」
その時、ザハラはヨルンの体が指先から急速に黒い粒子へと変質し、崩壊し始めていることに気づいた。それは、悪魔の粒子が抜けたことで、彼の生命維持の核が失われた証拠だった。
ヨルンの消滅を目の当たりにし、ザハラは更に嗚咽を漏らした。ヨルンはそんな彼女を見て、最期の力を込めて苦笑した。
「はは……ほら、また直ぐ……そうやって泣くじゃないですか」
「だって……」
「これじゃあ……安心して、あなたから手を離して死ねないじゃないですか……」
ヨルンの体は、彼の言葉と共に黒い粒子へと変わり、まるで砂のように、形を残すことなく空へと昇り始めた。
「ま、待ってください、ヨルン! 私は、まだあなたに伝えたい、大切な想いを言っていないのです!」
「良いですよ……そんなこと、今更僕に何を言ったところで、何も変わりはしない」
ザハラは、彼の消えゆく姿に心の底からの叫びをぶつけた。
「私は、あなたのことがずっと好きでした!」
彼女の、一途で偽りのない告白に、ヨルンは初めて心の底から驚いたように目を見張った。
「小さい時から、辛かった時も、悲しかった時も、いつも側に居てくれたあなたが大好きで、あなたが居てくれたから、だから私は巫女の試練を頑張る事が出来たんです!」
その純粋な告白は、ヨルンの心を強く揺さぶった。彼はまるで世界が反転したかのように空を仰いだ。
「はあ……僕のあの行動が、あなたにとって失望させるだけの好意だったって、本当に分からなかったんですか?」
「それは……」
「……まあ、でも」
ヨルンは、最後に心からの穏やかな微笑みを見せた。それは悪魔の呪縛から解放された、本来の彼の顔だったのかもしれない。
「悪い気は、全くしませんよ」
「っ!」
「あなたなら……きっと立派で、誰よりも優しい巫女になれますよ。その素晴らしい成長を……もう、傍で見守ることは出来ませんけど」
「ま、待ってください、ヨルン! 行かないでください! 私を……一人にしないで……ください!」
ヨルンは、優しく微笑んだまま、星屑のような黒い粒となって、ザハラの腕の中から完全に消えていった。
「……っ。ヨルン!」
ザハラは、最後に腕の中に残された、彼がいつも身につけていた銀の額当てを強く抱きしめながら、ただ慟哭の声を上げて泣き続けた。その姿は、あまりにも痛ましかった。
そんな彼女の悲劇的な別れを、俺たちはただ見ていることしか出来ない無力感と共に立ち尽くした。
「要らない同情は持つべきじゃない」
ブラッドさんの冷徹な言葉が、再び俺の頭の中で響き渡る。だが、ヨルンの最後の笑顔は、その言葉を否定しているようにも思えた。
俺は、ブラッドさんが歩いていった方角へ、強く疑問を込めた目を向けた。
「……ブラッドさん」
まさかブラッドさんにも、かつてこんなにも純粋で、悲劇的な別れがあったのだろうか? 守護者としての彼の冷酷さは、その過去の経験から来ているのではないか?
そんな重く、物語の根幹に触れるような考えがふと頭を過った俺は、手の中にある魔剣エクレールを、固い決意と共に強く見下ろしたのだった。
ブラッドさんは、俺の心の底に湧いた迷いを、まるで鋭い刃物のように見抜き、獲物を捉えるような眼光で振り返った。その紅く光る瞳の、あまりにも絶対的で冷酷な視線に、俺の背筋には電流のような鳥肌が走った。
「要らない同情は、今すぐ捨てろ。お前も守護者、そして魔剣の担い手になったんだから、そんな未熟な感情に振り回されて、判断を誤っても、良いことなんて一つもないんだぞ」
「で、でも……」
俺が言葉を探す間もなく、ブラッドさんは俺から視線を切り、ヨルンの瀕死の体へと目を移した。彼はもう、ヨルンの存在に一切の価値を見出していないかのように、無関心な表情で踵を返した。
「後で全て話してやる。俺がなぜ、この世界でエアの代行者なんて名乗っているのか、そして魔剣とは、守護者とは、いったいなんなのかをな」
「……」
俺は、全てを背負い込むかのように歩き去るブラッドさんの、重厚で孤高な背中を見つめることしか出来なかった。彼への怒り、疑問、そして畏敬の念が混ざり合い、拳を強く握りしめた。
その時、地面に倒れたヨルンへと目を戻した瞬間だった。
「ヨルン!!」
頭上から、悲痛な叫び声と共に、ザハラが急降下するように俺たちの傍に着地した。彼女はヨルンの体を慌てて抱き起こすと、大粒の涙を、彼の変わり果てた服の上に落とした。
「ヨルン……、どうして……どうして、貴方はこんな恐ろしいことを!」
ザハラの声に、意識を失いかけていたヨルンが、重い瞼をゆっくりと開いた。その瞳にザハラの姿を映すと、彼は力なく、諦観に満ちた苦笑を浮かべた。
「どうしてって……。そんなの、簡単なことですよ、ザハラ様……」
ヨルンはそう言うと、残された最後の力を振り絞り、黒く変色し始めた指先で、彼女の涙に濡れた頬に触れた。
「あなたに……巫女になって、世界の重荷を背負ってほしくはなかった」
「……えっ?」
その、あまりにも純粋な自己犠牲の動機に、俺は言葉を失い目を見張った。
「あなたは……泣き虫だし、弱虫だし、エーデルがいないと、……僕という存在がそばにいないと、何も満足に出来ないじゃないですか」
「……ヨルン」
「だから……あなたには、巫女なんていう過酷な運命は……似合いませんよ」
その時、ザハラはヨルンの体が指先から急速に黒い粒子へと変質し、崩壊し始めていることに気づいた。それは、悪魔の粒子が抜けたことで、彼の生命維持の核が失われた証拠だった。
ヨルンの消滅を目の当たりにし、ザハラは更に嗚咽を漏らした。ヨルンはそんな彼女を見て、最期の力を込めて苦笑した。
「はは……ほら、また直ぐ……そうやって泣くじゃないですか」
「だって……」
「これじゃあ……安心して、あなたから手を離して死ねないじゃないですか……」
ヨルンの体は、彼の言葉と共に黒い粒子へと変わり、まるで砂のように、形を残すことなく空へと昇り始めた。
「ま、待ってください、ヨルン! 私は、まだあなたに伝えたい、大切な想いを言っていないのです!」
「良いですよ……そんなこと、今更僕に何を言ったところで、何も変わりはしない」
ザハラは、彼の消えゆく姿に心の底からの叫びをぶつけた。
「私は、あなたのことがずっと好きでした!」
彼女の、一途で偽りのない告白に、ヨルンは初めて心の底から驚いたように目を見張った。
「小さい時から、辛かった時も、悲しかった時も、いつも側に居てくれたあなたが大好きで、あなたが居てくれたから、だから私は巫女の試練を頑張る事が出来たんです!」
その純粋な告白は、ヨルンの心を強く揺さぶった。彼はまるで世界が反転したかのように空を仰いだ。
「はあ……僕のあの行動が、あなたにとって失望させるだけの好意だったって、本当に分からなかったんですか?」
「それは……」
「……まあ、でも」
ヨルンは、最後に心からの穏やかな微笑みを見せた。それは悪魔の呪縛から解放された、本来の彼の顔だったのかもしれない。
「悪い気は、全くしませんよ」
「っ!」
「あなたなら……きっと立派で、誰よりも優しい巫女になれますよ。その素晴らしい成長を……もう、傍で見守ることは出来ませんけど」
「ま、待ってください、ヨルン! 行かないでください! 私を……一人にしないで……ください!」
ヨルンは、優しく微笑んだまま、星屑のような黒い粒となって、ザハラの腕の中から完全に消えていった。
「……っ。ヨルン!」
ザハラは、最後に腕の中に残された、彼がいつも身につけていた銀の額当てを強く抱きしめながら、ただ慟哭の声を上げて泣き続けた。その姿は、あまりにも痛ましかった。
そんな彼女の悲劇的な別れを、俺たちはただ見ていることしか出来ない無力感と共に立ち尽くした。
「要らない同情は持つべきじゃない」
ブラッドさんの冷徹な言葉が、再び俺の頭の中で響き渡る。だが、ヨルンの最後の笑顔は、その言葉を否定しているようにも思えた。
俺は、ブラッドさんが歩いていった方角へ、強く疑問を込めた目を向けた。
「……ブラッドさん」
まさかブラッドさんにも、かつてこんなにも純粋で、悲劇的な別れがあったのだろうか? 守護者としての彼の冷酷さは、その過去の経験から来ているのではないか?
そんな重く、物語の根幹に触れるような考えがふと頭を過った俺は、手の中にある魔剣エクレールを、固い決意と共に強く見下ろしたのだった。


