「おい、一つ言っておくが、レーツェルには指一本触れるなよ。今回は見逃してやるが、次に彼女に触れたら、今度はお前の存在そのものを灰にしてやるからな」

その言葉は、まるで鋭利な刃物のようにロキを貫いた。

「ひぃぃぃぃ!!!」

アルさんはそう言い放つと、一瞬の閃光と共に再び一本の剣へと姿を戻した。

「もう! アムール様。そんな威圧的な言い方はよくありません!」

『……っ』

アルさんは何も言わず、そのままブラッドさんの右手の中へと戻った。

一体、何が起こっているんだ!? やっぱり魔剣はエクレールさんみたいに人になれるのか? てことは、カレンが持っている魔剣サファイアも人の姿になれるのだろうか? 
 
俺はそこで、魔人ソフィアと戦った青髪の女性のことを思い出した。

アルさんにレーツェルと呼ばれた女性は、優しく聖母のような微笑みを浮かべると、そのままムニンの側へと静かに寄った。

そして、ムニンの黄緑色の瞳をじっと見つめ、何かを確認するように嬉しそうに三度頷いた。

「やっぱりそうですね。あなたには『月の精霊』が付いています」

「……月の精霊?」

「はい」

ムニンは戸惑いを隠せない。

「レーツェル。悪いけど、その重要な話は後でも良いか?」

ブラッドさんは苦笑しながら、一刻を争う状況であることを伝えるようにレーツェルさんに言った。

「はい、承知いたしました」

そう言うと、レーツェルさんも光を放ち、銀色の魔剣の姿に戻ると、ブラッドさんの左手の中へと収まった。

そこで俺の中で、ある決定的な疑問が一つ浮かび上がった。

「どうしてブラッドさんは、魔剣を二本も使えるんですか?」

確か魔法協会が発表していた情報では、魔剣が主として選ぶのは一人、一本だけのはずだ。人間一人で魔剣を二本同時に扱うなど、前代未聞だった。

「あー、俺はちょっと特別でね。その説明も後でしてやるから、さっきも言った通り後の事は頼んだぞ! アレス、エクレール」

「……えっ!?」

って、何の説明もされていないんですけど! 勝手に話を進めないでください!

『とりあえず、わたくしたちも、彼の期待に応えましょうか』

その瞬間、俺の全身にエクレールさんの優しくも強力な魔力が流れ込んだ。体表を温かい光が覆うと、俺の姿は、まるで彼女の力が具現化したかのような白銀の鎧を纏った騎士の姿に変わった。

「こ、これは!?」

『わたくしの魔力をあなたの体に纏ってもらいました。しかし今回は初めての試みですので、あまり長時間この形態を維持することはできませんが、今は十分です』

その言葉と同時に、俺が構える魔剣エクレールの刀身が、まばゆい光を放ち始めた。

『今から、この島全域に広がる黒い粒子を浄化します』

「そ、そんなことが本当に出来るんですか!?」

『はい。わたくしの能力は、この黒い粒子たちを根源から浄化できる力ですから』

じゃあ、その力を使えば、この島の悲劇を終わらせることが出来るんだ!

『さあ、参りましょうか』

「ああ!」

俺は魔剣エクレールをしっかりと構え、ヨルンへと向かっていくブラッドさんの頼もしい背中を見つめた。

そしてこの時の俺は知らなかった。俺自身の瞳が、エクレールさんの魔力と魔人族の魔力が共鳴しあったことで、紅く燃えるように染まっていたことに。


☆ ☆ ☆


「さあ、レーツェル、アル。いっちょうやりますか!」

俺の言葉に、左右の手に握られた二本の魔剣は、まるで返事をするかのようにそれぞれの刀身を鮮烈に輝かせた。

「聖剣レーツェル、炎剣アムールよ。汝たちの聖なる願いと思念、その不滅の絆と共に、我に力を貸し与え給え」

その詠唱と共に、俺は一度右目を閉じてからゆっくりと開くと、その瞳は深遠な碧眼へと変化した。

「ふん……いくら強力な魔法を放とうとも、この子たちは全ての魔法を喰らい尽くします。あなたでも、この黒い粒子たちを止めることは出来ませんよ?」

ヨルンは俺のの構えを見ながら、傲慢な笑みを浮かべた。

「……おいおい、お前まさか知らないのか?」

俺は、剣に膨大な魔力を注ぎ込みながら、挑発するようにヨルンへとその言葉を投げ掛けた。言葉の意味が分からず、ヨルンは警戒するように目を細める。

「確かに、その悪魔は無限に魔力を食らい尽くす。しかし、そんな黒い粒子たちでも、食べ尽くす事の出来ない魔力があるって、知らなかっただろ?」

「なにっ!?」

その瞬間、ヨルンの周りを漂っていた黒い粒子は、俺から発せられる異質な魔力の存在に気づくと、一斉に不気味な声を上げ始めた。

「タ、ベル! タベ、ル! タ、ベ、ル! タベルタベルタベルタベルタベルタベルタベルタベル――」

うっわぁ……生理的な嫌悪感を覚えるほど気持ち悪いな。

やっぱりこの魔力には、誰よりも敏感に反応するのか。

黒い粒子たちの急な異常反応に、ヨルンは何が起こっているのか分からず、困惑したように黒い粒子たちに目を配った。

「おい、一体どうしたんだ! 僕の声が聞こえないのか!」

その隙を逃さず、俺は不敵にニヤリと笑った。