「では早速だけど、君にはあることをしてもらいたい」

ブラッドさんはそう切り出した。

「あ、あること、ですか?」

俺の問いに、ブラッドさんは口元に軽く笑みを浮かべた。その赤い右目だけが、相変わらず不気味に光を放っている。彼は視線を、こちらを鋭く睨みつけているヨルンへと移した。

「今から俺があいつをぶっ飛ばす。その隙に君はエクレールと一緒に、あの暴食の悪魔を浄化してほしいんだ」

「ぼ、暴食の悪魔!?」

その名を聞き、俺とロキは同時に目を見開いた。

ヨルンが操っているあの黒い粒子は、暴食の悪魔そのものなのか?! そして、なぜそのことをブラッドさんが知っているんだ?

この人はいったい……?

「おい、ヨルン。一つ質問に答えろ」

ブラッドさんは、まるで獲物を追い詰めるような低い声で尋ねた。

「……何、ですか?」

ヨルンは顔を歪めながらも、挑発的な表情で聞き返した。

「お前が今操っているその悪魔は、いったいどこから連れて来た?」

その問いかけは、ヨルンの表情から完全に余裕を奪った。

「エーデルは誰よりも早く、この世界に黒い粒子が来ることを知っていた。だからこそ、残り少ない自身の光の加護を使って、粒子がこちらへ流れてこないよう必死に抑えていたはずだ。それにその黒い粒子は、あの世界でトトが食い止めている。いくらエーデルが抑えていたとしても、これほど大量の粒子たちがこちらへ来ることは不可能だ」

「あ、あの世界……?」

ブラッドさんもまた、「あの世界」という言葉を口にした。

いや、待て。それよりも「その黒い粒子は、あの世界でトトが食い止めている」という部分は、いったいどういう意味だ!?

『そのお話は、また後ほどにするのです』

「え、エクレールさん?」

頭の中に、透き通った彼女の声が響く。

『彼ならば、きっと詳しく教えてくれると思うのです。ですから今は、目の前のあの黒い粒子をなんとかしましょう』

彼女の言葉に、俺は軽く頷いた。今は目の前の脅威を排除するのが先決だ。俺はヨルンへと、再び視線を戻した。

「もう一度聞くぞ。そいつらをどこから持ってきた!?」

ブラッドさんは声を一段と低くし、ヨルンに尋ねる。その体から放たれる巨大な殺気は、まるで氷の壁のように俺たちに迫り、俺の頬には、恐怖と緊張の汗が止めどなく流れ落ちた。

「……ああ、思い出しましたよ、あなたのこと。前にエーデルが少し気にされていた方ですね」

ヨルンはまるでどうでもいいことを思い出したかのように言い放ち、辺りに散らばっている黒い粒子たちを、再び自分の元へと集まらせた。

「簡単なことですよ。僕はたまたま東の森の中に、偶然できた時空の割れ目を見つけました。最初はまったく興味がなく、一応、エーデルに報告はしたんですけど、すぐにエーデルはその割れ目を自分の力を使って閉じました」

「……時空の割れ目、だと?」

ブラッドさんは、その言葉に深い皺を刻むように目を細めた。

「なぜ突然、あの世界とこの世界を繋ぐ割れ目ができたのかは知りませんけど、そこからわずかにこちらへとやって来てしまったこの子たちを、僕は拾ってあげたんです」

ヨルンがそう言うと、黒い粒子たちは一塊になり、まるで生き物のようにヨルンの頬に優しく頬ずりした。

その姿は、ただの従属というよりも、ヨルンに心から懐いているように見えた。

「お腹をすかせたこの子たちに、僕は少し興味が湧いた。精霊を食べさせたらどうなるんだろうと思って、試しに何匹か食べさせてみました。そうしたら、こんな風に変異して言葉を発するようになったんですよ。その姿を見たら、僕は楽しくなってしまって、どんどん精霊たちを食べさせました」

そんな恐ろしいことを、ヨルンはまるで今日の献立を話すかのように淡々と言ってのけた。その冷酷さに、俺の奥底から静かで強烈な怒りが込み上げてきた。

こいつは、たったの興味本位という理由だけで、森を豊かにしてくれていた精霊たちを、あの悪魔に餌として与えたっていうのか!

その上、黒い粒子を利用して、自分が理想とする巫女を作り上げるためだけに、ザハラや他の竜人族たちを利用し、ソフィアや村の人たちを傷つけた!

そんな身勝手で残忍なこいつを、俺は許すことができない!

「……じゃあ真夜中の森にいた精霊たちを食べさせたのも、あの森を最初の実験台に選んだってことなのか!」

ブラッドさんは声を荒げ、叫ぶようにヨルンを詰問した。

「そんなお前の身勝手な行動のせいで、いったいどれだけの人が傷ついたと思っているんだ! お前がこんなことをしなければ、兎人族と狼人族は今でも仲良くやっていたんだ! フォルが……フォルティスが、最愛の人を失うことだってなかったんだぞ!」