「あなたの力を、俺は大切な者を守るために使います」

その真摯な言葉に、エクレールさんは静かに微笑んだ。

「その、大切な方というのは、ソフィアちゃんのことでしょうか?」

「えっ!?」

不意を突かれ、俺は思わず声を上げた。どうしてこの人が、ソフィアのことを知っているんだ!?

「ソフィアの事を知っているんですか!?」

「わたくしにとっても、ソフィアちゃんはとても大切な子なのです。わたくしの義妹である、エレノアちゃんの娘なのですから」

エレノア──

その名前は、ソフィアの母親を意味していた。……いや、それよりも!

「義妹!?」

俺の驚愕をよそに、エクレールさんは遠い目をしながら語る。

「エレノアちゃんはわたくしと、そして彼にとっても、かけがえのない大切な存在でした。エレノアちゃんが亡くなったと、エーデルから聞かされた時は……本当に、胸が張り裂けそうでした」

エクレールさんはそう言って、細い目尻に透明な涙をにじませた。

「しかし、ソフィアちゃんが生きていらっしゃると知った時は、嬉しくて堪らず、思わず会いに行ってしまったのですよ」

「あ、会いに行った!? じゃあ、ソフィアが言っていた『心地よくて、懐かしい夢』っていうのは……」

「ええ。きっと、わたくしとのことなのです」

俺の頭の中で、点が線で結ばれた。つまりエクレールさんがソフィアの雫を、優しい夢を通じて落ち着かせてくれたんだ。

この人なら、魔人族の生体について、何か確かなことを知っているかもしれない。

エクレールさんは俺の目前まで歩み寄ると、そっと優しく手を差し出した。

「わたくしと、あなたの願いは一緒なのです。共にソフィアちゃんをお守りしましょう」

「……っ!」

俺はためらうことなく、彼女のその温かい手を取った。肌が触れ合ったその瞬間、俺の意識に彼女の記憶らしき光景が奔流となって流れ込んできた。

「これから俺たち魔人族は、お前を守るために動こう」

「はい、ありがとうございます。リヴァイバル様」

リヴァイバルと呼ばれた魔人族の男は、薄緑色の瞳を優しく細めると、エクレールさんの手を取った。

そしてまた、場面は目まぐるしく変わり、次々と過去の記憶が頭の中を駆け巡っていく。

「まあ、エレノアちゃん! お腹に赤ちゃんがいるのですね!」

エクレールさんの声が、記憶の光景の中で喜びで弾んでいた。

「はい……。早くお二人に報告がしたくて」

エレノアと呼ばれた女性は、優しい笑顔で膨らみ始めたお腹に手を添えた。

「ああ、なんて素晴らしいのでしょう! 私たちに姪、あるいは甥ができるのですよ? ねぇ、リヴァイ?」

「え、あ、ああ……」

リヴァイバルさんはどこか戸惑いがちに返事をしたが、エクレールさんは構わず、とても嬉しそうに微笑んだ。彼女はエレノアさんのお腹にそっと手を触れる。

「あなたに、光の祝福がありますように」

その祝福の言葉と共に、光景は一瞬にして暗転し次の記憶が流れ込んできた。

「リヴァイ……愛しています。ずっと……大好きなのですよ」

「……ああ、エル。俺もだ……お前を……愛してる」

二人は互いに手を取り合っていた。そして、エクレールさんが、安らかに、永遠の眠りにつくかのように目を閉じる。

別れの場面。その記憶を共有した俺の頬を、なぜか熱い涙が伝い落ちていた。

「アレス!」

突然、耳元で響いた声に、俺の意識は強く引き戻された。

「っ!」

目を開くと、俺は戦闘中の場所に戻ってきていた。手には、今しがた契約を交わしたばかりの魔剣エクレールが握られている。

「突然気を失って、びっくりしたぞ! 大丈夫なのか?」

ロキは焦ったような表情で俺を覗き込んでいた。

「あ、ああ……」

俺の返事を聞き、ロキは安堵したのか小さく息を吐いた。そしてすぐに、ヨルンと戦うブラッドさんたちへと視線を戻す。

俺もロキに倣って、二人の戦いの行方を追った。

「あの人……すげぇ。ヨルンが操っているあの黒い粒子をまるで意に介さず、簡単に斬り捨てながら、距離を詰めているんだ」

俺はブラッドさんの手の中にある、真紅の剣へと視線を集中させる。

その刀身は、魔力を発動しているのか鮮やかに輝き、切先近くの凹みの中には、まるで血のしずくのような紅玉が妖しい光を放っていた。

やはりあの剣もまた、魔剣なのだろうか。そう確信した俺は、手の中にある魔剣エクレールを握りしめ立ち上がった。

そんな俺の動きに気づいたブラッドさんは、一度大きく後方にジャンプし、そのまま俺の側まで飛翔した。

「エクレールと契約できたのか?」

「は、はい……」

間近で彼の顔を見た瞬間、俺は凍りついた。ブラッドさんの右の瞳が、紅く、不気味な光を放っていたからだ。

その紅い瞳を見た時、背中に一瞬、まるで氷の指でなぞられたような嫌な予感が走った。