☆ ☆ ☆

「ヨルン!!!」

俺たちの目の前に、ザハラの付き人であるヨルンが、黒い森の中から姿を現した。

太陽の光を浴びて輝く橙色の髪、だがその紅い瞳はどこか嫌らしく細められている。そして、肌に見える青緑色の鱗と、背後に揺れる竜の翼と尻尾。

どうして、こいつがこんなところにいるんだ!?

「お前がやったのか! 森を黒くしたのも、村の人たちをおかしくしたのも全て!」

俺は怒りに震える声で問い詰めた。

「そうですよ、僕が全部やりました」

ヨルンは俺の怒りなどまるで意に介さず、言い訳するどころか、あっさりと自分の犯行を認めた。そのあまりの悪びれのなさに、俺の中でさらに激しい怒りがこみ上げた。

「なぜこんなことをするんだ! これもお前たち竜人族の悲願の一つなのか?!」

俺がそう問いかけると、ヨルンは嘲笑うかのように頭を左右に振った。

「いいえ、違いますよ。これは別に悲願とか関係ないです。これは僕個人がやっていることなので」

ヨルンはにやりと笑みを浮かべ、ゆっくりと俺たちとの距離を詰めてくる。その一歩一歩が、俺の怒りを煽る。

「ぶっちゃけ言いますと、僕にとって悲願なんて物はどうでもいいんですよ。魔人族に仕えるとか言って、いったいそれが僕たちにとって何になるって言うんですか? ただ魔人族にこき使われるだけじゃないですか?」

そう言ってヨルンはにっこりと笑った。その純粋な悪意に満ちた笑顔に、俺は背筋に凍るような寒気を感じた。

「ザハラ様なんて、エーデルがいなければ何もできない巫女なんですから。そんな人が民を守るだなんて笑える話ですよ」

「そんな言い方ないだろ! お前だってザハラちゃんを側でサポートしてきたんじゃなかったのかよ?!」

ロキが激昂し、ヨルンに詰め寄った。

「それは……まあ、そうなんですけど、何か期待外れだったと言いますか、ちょっと違ったなって思ったんです」

ヨルンはため息をつくように言った。

「……違った?」

ヨルンの言葉に俺が首を傾げた時、彼は深々と息を吐いた。

「僕の家は昔から竜人族の巫女の付き人だったらしく、僕もそうなるように幼い頃から言われて育ちました。だから僕も、巫女を側でサポートできるように必死に努力して、何でもこなせるようにしてきたんですけど、いざザハラ様に付いてみたら、色々違ったと言うか」

「どう違ったって言うんだ?」

「あの人……エーデルがいなければ何もできないんですよ? 全てエーデルに頼りっぱなしで、泣き虫で、弱虫で、すぐに何かあったら僕に泣きついてきた時もあったくらいで」

「それは子供だったから、仕方ないんじゃないのか?」

だが、俺から見て今のザハラは、民たちから慕われる立派な巫女に見える。

完璧な存在とまではいかなくても、彼女は彼女なりに巫女として十分役目を果たしていると思う。

「はあ……あなたたちに言ったところで、どうせ僕の気持ちなんて理解できませんよ。だから、全てやり直そうとしたんです」

「や、やり直す?」

「そうです」

ヨルンの言葉に、俺は嫌な予感を覚えた。

すると、氷の中に閉じ込められていた黒い粒子たちが、自分たちの体を閉じ込めている氷の魔力を食べているのか、ガタガタと氷の中で動き始めた。

その様子を見て、俺の頬に冷たい汗が流れる。

「僕が理想とする巫女を作り上げるためには、この島や他の種族なんて邪魔なんですよ。だから黒い粒子を使って、まずは真夜中の森の精霊たちをこの子たちに食べてもらったんです」

「な、に……」

ヨルンの言葉に、俺は怒りを通り越して、絶望に似た感覚を覚えた。兎人族と狼人族が争っていた原因は、やはりこいつだったのか。

「この子たちは普段空気中に漂う普通のマナなんですけど、精霊を食べるとこんな風に真っ黒な粒子になって、今まで存在しなかった意識が芽生えます」

するとヨルンの周りに黒い粒子たちが集まり始めた。その光景に、俺たちは目を見張った。

「黒い粒子を体内に吸い込むと、自我をなくした化け物になります。それをきっかけに、兎人族と狼人族たちが互いに殺し合うように仕向けたんですけど、今のところほとんど停戦状態で、どうしようかと思っていた時に、あのソフィアさんの魔力を感じたんですよ」

「っ!」

まさかヨルンは……最初からソフィアをこの島に呼ぶために、この惨劇を起こしたのか!

「いや~、彼女のあの力は凄まじかったですね。僕も初めて魔人族を見たんですけど、共振の力は僕の予想を遥かに上回っていました。彼女の力とこの黒い粒子たちが居れば、この世界なんて三日も持たずに破滅しますよ。あの世界のように」

「……あの世界?」

あの世界って何だ? ヨルンは何のことを言っているんだ?!

「だから僕は竜人族の悲願の達成を願っていたザハラ様を利用して、君たちをこの島へと誘き出しました。ちょっと想定外の人も居ましたが、サファイアの魔力でも黒い粒子を止めることはできませんから」

その言葉と共に、氷の中に閉じ込められていた黒い粒子たちが、氷を突き破って外へと出始める。

「ア、アレス!」

「くっ!」

今のヨルンは、あの黒い粒子たちを自由に操ることができる。このままこいつを野放しにしたら、ソフィアの身が危ない!

「さあ、どうしますか? ソフィアさんの騎士さん?」

俺は力を込めていた拳を解いて、右手をヨルンへと翳した。