「俺が……大きくなって、お前たちを……逃がす」

ムニンは荒い息を吐きながら言った。彼の右腕はすでに真っ黒に染まり、脈打つたびに激しい痛みが走っているようだった。

思っていたより侵食が早く、このままではムニンの命が危ない。魔力をすべて吸い取られてしまう。

「逃がすって……そんな体じゃ無理だ!」

「俺の……ことは、気にするな。たった……一瞬だ」

そう言いながら、ムニンは立ち上がろうとする。しかし、体が大きく揺れて、そのまま前へと倒れ込んだ。

「ムニン!」

元の姿に戻ったムニンを、俺は両手で受け止めた。彼の体は熱く、まるで高熱を出したかのように震えている。

「やっぱり無理だムニン! ここは俺たちでなんとかするから、お前は休んでくれ」

「はぁ……はぁ……」

ムニンは息を荒くしながら小さく頷き、ギュッと目を閉じた。彼の意識が遠のいていくのがわかる。

「とは言ってもアレスさんよ。何か考えでもあるのか?」

ロキの問いかけに、俺は言葉を詰まらせた。悔しさに顔を歪める。

ロキはそんな俺の顔を見て、苦笑いを浮かべた。

さすがに、今回はここを突破する手段がなかった。魔法を使っても、この黒い粒子は簡単に飲み込んでしまう。この数じゃ、魔法を放ったところで二秒と持たないだろう。

「どうする……どうすれば!」

その時、俺たちの周りに急激な冷気が流れ込んできた。

「さ、さむっ!」

「……冷気?」

黒い粒子たちも冷気を感じ取ると、警戒するように辺りを見回し始めた。

その光景に、俺は思わず目を瞬かせた。

黒い粒子たちは、流れ込んできた冷気に耐えられなかったのか、徐々に凍りつき、次々とその場に落下していく。

まるで、雪が舞い散るかのように。

「な、何が起こっているんだ?」

こちらに流れ込んできた冷気は、あたりを凍らせ始めると、俺たちの背後に迫っていた黒い森までも、丸ごとすべて氷の中に閉じ込めてしまった。

その光景に俺たちは目を丸くしたが、ロキは何かを確信したように、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「カレンだ……きっとカレンだ!」

「カレン?」

「ついにやったんだ! とうとうサファイアに認められたんだ! きっとそうだ!」

魔剣サファイアに認められた……。

じゃあ、この氷はまさか、サファイアの魔力なのか?

そう思って、俺は氷漬けにされた黒い粒子たちを見下ろした。

その氷の輝きは、絶望に満ちたこの森に、一条の希望をもたらしているようだった。

「アレス、逃げるなら今だ! せっかくカレンが作ってくれた時間を、無駄にするわけにはいかない!」

ロキの言葉に、俺は腕の中で気を失っているムニンを見下ろした。

「待ってろ、ムニン。必ずなんとかしてやるから!」

そう言って、その場から離れようとした時だった。

「っ!」

こちらに向かってくる強大な魔力を感じ取り、俺はすぐにロキの前に立った。

「アレス?」

「光の精霊よ、その力をもって我らを守りたまえ、神の守り(ディバイン・シールド)!」

神の守りを張った瞬間、俺たちに向かって闇の波動が飛んできた。

「なっ!」

闇の波動は神の守りに勢いよくぶつかると、そのままあたりに飛び散って消えてしまった。

「な……なんだよ、今の?」

「……闇魔法だ」

すると、森の奥にこちらに向かって歩いてくる人影が見えた。

「あ~あ。せっかく上手くいっていたのに、まさかここでサファイアに認められるなんて、思ってもいませんでしたよ」

その姿に、俺たちは目を見張った。

「お、お前は!」

「まあ、どうせこの氷も長くは保たないですよ。そんなすぐにサファイアの魔力を、あの人が簡単に操れるはずがないですからね」

太陽の光で輝く橙色の髪に、嫌らしく細められた紅い瞳。肌に見える青緑色の鱗に、後ろに見える竜の翼と尻尾。

俺は怒りで体を震わせながら、その者の名前を呼んだ。

「ヨルン!!」

俺に名前を呼ばれたヨルンは、手のひらに黒い玉を作ると、紅い瞳を輝かせた。

「は~あ~い~」