☆ ☆ ☆

アレスより先に帰って来た僕は、そのままベッドの上で丸くなって目をぎゅっと瞑っていた。

「くそ……」

テトが余計なこと聞いてくるから、嫌な事を思い出したじゃないか。

瞑っていた目を薄っすらと開き、夕日が沈みかけている外を僕は見つめた。

「確かあの日も……こんな夕焼け空だったな」

ぽつりと小さく呟き、血色のような夕焼け空を見ながら、僕はあの日の事を思い出す。

それは僕が使い魔になる前に起きた事件だった。


☆ ☆ ☆


ほとんどの子供なら、生まれてきたらみんなから祝福されるものだ。

それはどの種族だって変わらない。

でも狼人族の長の家に生まれた僕は、母さん以外の人達から生まれてきたことを祝福されることはなかった。

それも全部、この瞳のせいだ。

本来、狼人族に生まれてくる子供の瞳は、『深紅の瞳を持った子』と決まっている。しかし生まれてきた僕の瞳の色は……黄緑色だったんだ。

どうして、僕だけこんな瞳を持って生まれてしまったんだ? どうしてみんなと違うんだ? 仲間たちから冷たい目で見られ、蔑まれ、暴言を浴びせられて、異端児扱いをされ続けた僕は、幼いながらにも精神を病みかけていた。

でもたった一人だけ、僕に手を差し伸べてくれた人が母さんだった。

母さんは僕を生んで直ぐに家を追い出された。

「この異端児を生みおって!」

「あんたも同じく異端者だから、あんな不気味な瞳を持った子が生まれたのよ!」

「今すぐに出て行け! ここに異端者など要らん!」

母さんが追い出されたのだって、全部僕のせいだ。この世に生まれてしまったせいで、幸せな人生を送るはずだった母さんの人生を壊してしまった。

でも母さんは、そう思っていた僕に言ってくれた。

「私にとっての一番の幸せわね。あなたに会えた事なのよ、ムニン。あなたの瞳はまるで、お月様のように優しい色をしている。温かくて、穏やかで、優しい光。私は、あなたの瞳が大好きよ」

だから僕は、少しずつでもこの瞳を好きになれていった。

母さんが居たから一人ぼっちじゃなかった。母さんが居てくれたから『生きて行こう』と思えたんだ。

そうようやく思い始めた頃だ。事件が起きたのは――


☆ ☆ ☆


事件が起きた日、僕はいつも一人で狩りをしていた。

目の先には子鹿が一匹、美味しそうに草を食べているところだ。僕は木の影から気配を消して子鹿を狙っていた

息を潜めてゆっくりと子鹿に近づく。子鹿が何かを察知して顔を上げた時、僕は思い切り足を踏み込んで子鹿との距離を一気に縮め、左爪を尖らせて子鹿に致命傷を与えた。

「よし!」

小さくガッツポーズした僕は、嬉しくて辺りをぴょんぴょんと飛び回った。

「今夜は母さんが大好きな鹿肉だな。へへ、帰ったらきっとびっくりするだろうなぁ」

狩りをする時はいつも母さんと一緒だったけど、僕だって今年で十二歳になったんだ。

そろそろ一人で狩りが出来たっておかしくない年齢だ。だから母さんには内緒で、僕はこっそり狩りの練習をしていたんだ。

最近は、動物の姿がなかなか見られなかったから肉料理を食べる事がなかったけど、今日は久しぶりの肉料理が食べられる。

調理の仕方は母さんに任せよう。

そう思いながら、僕は子鹿の体を肩に担いで、家に向かって歩き出した。