「くそっ！ 挟み撃ちかよ！」

俺は唇を強く噛み、拳に力を込めた。前からも後ろからも、黒い粒子が津波のように押し寄せてくる。

もう逃げ場はない。

「ちっ！ こんなところで死んでたまるかっての！」

ムニンはそう叫ぶと、右腕を変形させて黒い粒子に突っ込んでいった。

「や、やめろ！ ムニン！」

俺の叫び声も虚しく、ムニンはそのまま突進する。

「破壊の牙(ブレイク・ファング)！！」

爪を鋭く尖らせたムニンは、黒い粒子を切り裂いた。しかし、切り裂かれた粒子は、まるで水のようにすぐに元の形に戻ると、一つの塊となり、ムニンの右腕にへばりついた。

「なっ！」

黒い粒子はムニンの魔力を吸収し始め、彼の右腕はたちまち黒く染まっていく。まるで生きているかのように、侵食が広がっていく。

「あ、がっ！ がああああっ！！」

ムニンは苦悶の叫びを上げた。その声に俺は体が凍りつくような恐怖を感じた。

「ムニン！！」

俺は目の前に手をかざし、光の魔法を放った。

「光(ライト)！」

黒い粒子は光に怯み、一瞬後ずさった。その隙に、俺は小さい姿に戻ったムニンを回収した。

「ムニン！ しっかりしろ！」

「うっ……ぅぅ……」

俺は急いでムニンの右腕に治癒魔法をかけ始めた。だが、黒く侵食された部分には、俺の魔法は全く効かない。

それどころか、黒い部分が生き物のように脈打ちながら、徐々にムニンの体へと広がっていく。

「な、なんでだよ！　どうして治癒魔法が効かないんだ！」

「おい！　アレス！」

背後から迫っていた黒い粒子の群れが、ロキの魔法によって遠ざけられた。

「ロキ！　助かった！」

「助けるのはいいけどさ！　このままだと俺たちも危ないぞ！」

ロキの声は焦っていた。俺たちはすでに逃げ場を失っていた。黒い粒子によって完全に包囲され、もう逃げることは不可能に近い。

「瞬間転移で逃げるか？」

ロキが提案したが、俺は首を横に振る。

「いや……こいつらはきっと、俺たちの魔力を狙っている。瞬間転移で他の場所に移動しても、すぐに追いかけてくるだろう」

「はは……まさか人生で初めて追いかけてきたやつが、人の魔力を喰らう化け物だとはな……。さすがに洒落にならないぞ」

ロキは顔を青くした。瞬間転移を使えば、一時的にこの場を脱出できるかもしれない。

だが、魔力の味を知ってしまったこいつらは、そう簡単には俺たちを見逃してくれないだろう。

「ア、レス……」

「ムニン？」

ムニンは荒い息を吐きながら、人間の姿に戻った。彼の右腕は、まだらに黒く染まったままだった。