「誰かと思ったら……ロキじゃない。無事だったのね」
私の言葉に、ロキは顔を歪ませたまま、私の名を呼んだ。
「カレン……」
私は一切の感情を顔に出さず、ズボンのポケットから取り出したハンカチで、サファイアの刀身に付着した血を静かに拭き取り、滑らかに鞘へと戻した。
そして、何事もなかったかのように立ち上がり、彼に背を向けた。その背中で、私は自己嫌悪の感情を押し殺す。
「もう動いて大丈夫なの? 怪我は」
「あ、ああ、俺はもう平気だ。大したことはない。……それより、お前の方がひどく消耗しているように見えるけど」
「……へえ、あなたに他人を気遣うような人間的な側面があったなんて。少し驚いたわ」
皮肉めいた言葉を投げることで、私は彼との間に冷たい距離感を再構築しようと試みる。
しかし、内心は嵐のような焦燥感に苛まれていた。力の無さに涙を見せ、絶望の言葉を吐き出す寸前を、よりにもよって彼に見られてしまった。
世間が崇める【氷結の魔道士】が取り乱す。
【氷の女神の加護を受けし少女】が子供のように泣く。
その未熟で醜い姿を、ロキという存在にだけは、絶対に知られたくなかった。
ロキとは、通っていた魔法学院で同じクラスに席を並べているだけの同級生だった。
必要最低限の用件がなければ会話もなく、放課後に時間を共にする理由も一切なかった。
そんな彼が私に親しく声をかけてくるようになったのは、私が【氷の女神の加護を受けし少女】という重い称号で世間に認知され始めてからのことだ。
「なあ、カレン! お前、マジですげーよな!」
「……え?」
教室で分厚い魔法書を読んでいた私の隣に、彼は不意に勢いよく座り込んできた。
驚いて顔を上げると、私は紫色の目を静かに瞬かせ、目の前にある底抜けに明るい、無邪気な笑顔を見つめた。
「ロキ……くん? 何がそんなに評価されているというの?」
そう問い返すと、彼は青い瞳をきらきらと輝かせ、身を乗り出して私に顔を近づけてきた。
その熱量が、私には理解できなかった。
「だってさ! 魔剣サファイアに選ばれたんだろ? 三百年誰も選ばなかった剣だよ。それはもう、歴史的な大スクープだって、学園中が大騒ぎしてるじゃないか!」
「そう……なのかな。ごめん、いまいち実感が湧かなくて」
誰もが羨む魔剣の主になり、特別な存在として扱われ始めた。
あまりにも劇的な変化に、当時の私は自分の感情と状況が乖離しているのを感じていた。
「でも、俺にとってはな、お前は最高にすごい奴なんだ」
ロキは、まるで自分自身が選ばれたかのように、心底嬉しそうに、何の裏もない笑顔を見せた。
私はただ、小首を傾げることしかできなかった。他人の境遇に対して、これほどまでに純粋な賛辞と喜びを露わにする人間がいることに、戸惑いを覚えていた。
私の言葉に、ロキは顔を歪ませたまま、私の名を呼んだ。
「カレン……」
私は一切の感情を顔に出さず、ズボンのポケットから取り出したハンカチで、サファイアの刀身に付着した血を静かに拭き取り、滑らかに鞘へと戻した。
そして、何事もなかったかのように立ち上がり、彼に背を向けた。その背中で、私は自己嫌悪の感情を押し殺す。
「もう動いて大丈夫なの? 怪我は」
「あ、ああ、俺はもう平気だ。大したことはない。……それより、お前の方がひどく消耗しているように見えるけど」
「……へえ、あなたに他人を気遣うような人間的な側面があったなんて。少し驚いたわ」
皮肉めいた言葉を投げることで、私は彼との間に冷たい距離感を再構築しようと試みる。
しかし、内心は嵐のような焦燥感に苛まれていた。力の無さに涙を見せ、絶望の言葉を吐き出す寸前を、よりにもよって彼に見られてしまった。
世間が崇める【氷結の魔道士】が取り乱す。
【氷の女神の加護を受けし少女】が子供のように泣く。
その未熟で醜い姿を、ロキという存在にだけは、絶対に知られたくなかった。
ロキとは、通っていた魔法学院で同じクラスに席を並べているだけの同級生だった。
必要最低限の用件がなければ会話もなく、放課後に時間を共にする理由も一切なかった。
そんな彼が私に親しく声をかけてくるようになったのは、私が【氷の女神の加護を受けし少女】という重い称号で世間に認知され始めてからのことだ。
「なあ、カレン! お前、マジですげーよな!」
「……え?」
教室で分厚い魔法書を読んでいた私の隣に、彼は不意に勢いよく座り込んできた。
驚いて顔を上げると、私は紫色の目を静かに瞬かせ、目の前にある底抜けに明るい、無邪気な笑顔を見つめた。
「ロキ……くん? 何がそんなに評価されているというの?」
そう問い返すと、彼は青い瞳をきらきらと輝かせ、身を乗り出して私に顔を近づけてきた。
その熱量が、私には理解できなかった。
「だってさ! 魔剣サファイアに選ばれたんだろ? 三百年誰も選ばなかった剣だよ。それはもう、歴史的な大スクープだって、学園中が大騒ぎしてるじゃないか!」
「そう……なのかな。ごめん、いまいち実感が湧かなくて」
誰もが羨む魔剣の主になり、特別な存在として扱われ始めた。
あまりにも劇的な変化に、当時の私は自分の感情と状況が乖離しているのを感じていた。
「でも、俺にとってはな、お前は最高にすごい奴なんだ」
ロキは、まるで自分自身が選ばれたかのように、心底嬉しそうに、何の裏もない笑顔を見せた。
私はただ、小首を傾げることしかできなかった。他人の境遇に対して、これほどまでに純粋な賛辞と喜びを露わにする人間がいることに、戸惑いを覚えていた。


