ムニンは、母親と一緒に自分を切り捨てたフォルを、深く憎んでいたに違いない。
誰だって心から憎む存在が目の前にいたら、冷静さなど保てないだろう。俺だって、そうだったのだから。
「だから俺は、ムニンだけでも助かってほしくて、俺がスカーレットを殺したと言った。その言葉を最後に、あいつは狼人族の村から出て行ってしまった」
「今、どこにいるのか知っているのか?」
「……噂で耳にしただけだが、使い魔に狼人族の子が一人いると聞いた。それがムニンなのかどうかは分からないが……」
「……そうか」
生きているなら、まだ和解の道は残されているかもしれない……。
「悪かったな……フォル。俺がもっと早く気づいていれば、お前たちがこんなに苦しむことも、スカーレットが命を落とすこともなかったのかもしれない」
俺はそう呟き、椅子から立ち上がると、フードを深くかぶり直した。
本当に俺は……いつも大切なことに気づくのが遅すぎる。気づいた時にはすべてが手遅れで、救えたはずの命が、目の前から次々と消えていく。
そのたびに俺は……一体何度後悔したら気が済むのだろうか。
「……もう行くのか?」
「ああ。この後、兎人族たちにも話を聞きに行くつもりだから」
俺は扉を軽く開け、最後にフォルへと振り返った。
「この件は俺に任せろ。必ず病気の原因を突き止めてみせる」
フォルとの会話を頭の中で反芻しながら、俺は兎人族の村へと向かった。
村の入り口は厳重に閉ざされ、緊張感に満ちている。門番に事情を話すと、族長のライガーのもとへと案内された。
ライガーは、毛並みの良い白い兎人族で、その細い目には警戒の色が浮かんでいる。
俺がフォルから聞いた話を切り出すと、彼は静かに聞いていたが、スカーレットの名前が出た途端、目つきが鋭くなった。
「ライガー、話してくれ。あの晩、スカーレットの家で何があったんだ?」
ライガーは深く息を吐き、静かに語り始めた。
「スカーレットが殺されたあの日、私は現場にいた。病に侵された我が娘リリィが、理性を失って暴走し、スカーレットを襲ったんだ。リリィは、彼女の喉に噛みつき、息の根を止めた。私は娘を止めることができなかった……」
俺は目を大きく見張って言葉を失った。
「そこに、フォルティスが現れた。フォルは、血を流して倒れているスカーレットと、その隣にいるリリィを見て、激しい怒りを露わにした。そして彼は……」
ライガーは苦しげに顔を歪めた。
「彼は、躊躇なくリリィに致命傷を負わせた。そして、倒れこむリリィの横で、彼は何かを呟いた後、姿を消した」
俺は息をのんだ。
フォルが言っていた「俺は兎人族を殺した」という言葉。俺はスカーレットを殺した兎人族を指しているのだとばかり思っていたが、その兎人族がライガーの娘リリィだったのだ。
親友同士だった二人は、互いに最愛の人を失った。だからこそ、二人が顔を合わせて話すことなどありえなかったんだ。
俺の知っているフォルティスとライガーなら、きっと互いによく話し合ってこの状況をどうにかしようとしたはずだ。だが、この悲劇的な事実は、それを絶対に叶えさせない。
「……お互い、最愛の人を奪い合った。病に侵されたリリィは、フォルの大切な人を殺した。そして、フォルは病に侵されたリリィを殺した。憎しみ合うには十分すぎる理由だろう」
ライガーは遠い目をして続けた。
「しかし、私はフォルを憎む気にはなれない。あの日、あいつが私の娘を殺してくれなければ、リリィは病に侵されたまま、もっと多くの命を奪っていたかもしれない。彼が私の娘を殺してくれたことで、リリィは解放されたのだ。私は、娘を止められなかったことを、一生後悔するだろう」
ライガーの話を聞き終えた俺は、頭の中でフォルとライガー、二つの証言を整理してあることが共通していると分かった。
それは、病に侵された者たちが、理性を失い、大切な人を傷つけてしまうという事実。
そして、その病の原因が、六十年前に流行り出した原因不明の病気であり、さらにその根源は、森を豊かにしていたはずの精霊たちが姿を消したことだという点だ。
「なぜ、精霊たちは消えたのか。なぜ、原因不明の病気が突如として流行り出したのか。そして、一ヶ月前に行方不明となっているエーデルは、一体どこへ行ってしまったのか」
俺は、静かに椅子から立ち上がると、ライガーに向かって深々と頭を下げた。
「ライガー、この件は俺が必ず解決する。だから、俺が解決したら……フォルティスと、もう一度話してやってくれないか?」
ライガーは何も言わなかったが、その細い目がわずかに揺れた。
俺はそれだけを確信し、フードをかぶり直して村を出た。
誰だって心から憎む存在が目の前にいたら、冷静さなど保てないだろう。俺だって、そうだったのだから。
「だから俺は、ムニンだけでも助かってほしくて、俺がスカーレットを殺したと言った。その言葉を最後に、あいつは狼人族の村から出て行ってしまった」
「今、どこにいるのか知っているのか?」
「……噂で耳にしただけだが、使い魔に狼人族の子が一人いると聞いた。それがムニンなのかどうかは分からないが……」
「……そうか」
生きているなら、まだ和解の道は残されているかもしれない……。
「悪かったな……フォル。俺がもっと早く気づいていれば、お前たちがこんなに苦しむことも、スカーレットが命を落とすこともなかったのかもしれない」
俺はそう呟き、椅子から立ち上がると、フードを深くかぶり直した。
本当に俺は……いつも大切なことに気づくのが遅すぎる。気づいた時にはすべてが手遅れで、救えたはずの命が、目の前から次々と消えていく。
そのたびに俺は……一体何度後悔したら気が済むのだろうか。
「……もう行くのか?」
「ああ。この後、兎人族たちにも話を聞きに行くつもりだから」
俺は扉を軽く開け、最後にフォルへと振り返った。
「この件は俺に任せろ。必ず病気の原因を突き止めてみせる」
フォルとの会話を頭の中で反芻しながら、俺は兎人族の村へと向かった。
村の入り口は厳重に閉ざされ、緊張感に満ちている。門番に事情を話すと、族長のライガーのもとへと案内された。
ライガーは、毛並みの良い白い兎人族で、その細い目には警戒の色が浮かんでいる。
俺がフォルから聞いた話を切り出すと、彼は静かに聞いていたが、スカーレットの名前が出た途端、目つきが鋭くなった。
「ライガー、話してくれ。あの晩、スカーレットの家で何があったんだ?」
ライガーは深く息を吐き、静かに語り始めた。
「スカーレットが殺されたあの日、私は現場にいた。病に侵された我が娘リリィが、理性を失って暴走し、スカーレットを襲ったんだ。リリィは、彼女の喉に噛みつき、息の根を止めた。私は娘を止めることができなかった……」
俺は目を大きく見張って言葉を失った。
「そこに、フォルティスが現れた。フォルは、血を流して倒れているスカーレットと、その隣にいるリリィを見て、激しい怒りを露わにした。そして彼は……」
ライガーは苦しげに顔を歪めた。
「彼は、躊躇なくリリィに致命傷を負わせた。そして、倒れこむリリィの横で、彼は何かを呟いた後、姿を消した」
俺は息をのんだ。
フォルが言っていた「俺は兎人族を殺した」という言葉。俺はスカーレットを殺した兎人族を指しているのだとばかり思っていたが、その兎人族がライガーの娘リリィだったのだ。
親友同士だった二人は、互いに最愛の人を失った。だからこそ、二人が顔を合わせて話すことなどありえなかったんだ。
俺の知っているフォルティスとライガーなら、きっと互いによく話し合ってこの状況をどうにかしようとしたはずだ。だが、この悲劇的な事実は、それを絶対に叶えさせない。
「……お互い、最愛の人を奪い合った。病に侵されたリリィは、フォルの大切な人を殺した。そして、フォルは病に侵されたリリィを殺した。憎しみ合うには十分すぎる理由だろう」
ライガーは遠い目をして続けた。
「しかし、私はフォルを憎む気にはなれない。あの日、あいつが私の娘を殺してくれなければ、リリィは病に侵されたまま、もっと多くの命を奪っていたかもしれない。彼が私の娘を殺してくれたことで、リリィは解放されたのだ。私は、娘を止められなかったことを、一生後悔するだろう」
ライガーの話を聞き終えた俺は、頭の中でフォルとライガー、二つの証言を整理してあることが共通していると分かった。
それは、病に侵された者たちが、理性を失い、大切な人を傷つけてしまうという事実。
そして、その病の原因が、六十年前に流行り出した原因不明の病気であり、さらにその根源は、森を豊かにしていたはずの精霊たちが姿を消したことだという点だ。
「なぜ、精霊たちは消えたのか。なぜ、原因不明の病気が突如として流行り出したのか。そして、一ヶ月前に行方不明となっているエーデルは、一体どこへ行ってしまったのか」
俺は、静かに椅子から立ち上がると、ライガーに向かって深々と頭を下げた。
「ライガー、この件は俺が必ず解決する。だから、俺が解決したら……フォルティスと、もう一度話してやってくれないか?」
ライガーは何も言わなかったが、その細い目がわずかに揺れた。
俺はそれだけを確信し、フードをかぶり直して村を出た。


