「ムニンが生まれてから二十年が経った頃に、病気の原因が精霊たちが居なくなったことが原因だと、森人族のベルから教えられた。その時初めて、村の誰もがムニンのせいではなかったと納得してくれたんだ」
 
そう告げると、フォルはゆっくりと立ち上がり、壁にかけられたスカーレットの写真立てを手に取った。

その指先が、彼女の笑顔を優しくなぞる。

​「これでようやく、家族みんなで一緒に暮らせる……。そう思いながら、俺は数人の村人を連れてスカーレットたちを迎えに行った。しかし……遅かった」
 
フォルの背中が、わずかに震えている。

その震えの意味を痛いほど知っている俺は、何も言えず、ただ拳を固く握りしめた。

​「俺たちがスカーレットの家に着いた時、そこに一人の兎人族が立っていた。そいつの爪が血の色に染まっているのを見て、俺の中で嫌な予感が渦巻いた。慌てて家の中に飛び込んだら、スカーレットが血の海に倒れていたんだ」
 
フォルは写真立てを元の場所に戻し、力なく椅子に座り直した。

​「血の海に横たわる彼女の体を抱き起こし、俺は血に染まった彼女の手を握った。スカーレットは俺の姿を見ると、優しい、いつもの笑顔を浮かべてくれた。その笑顔を見たら……もう、涙が止まらなかった」

​「……フォル」
 
フォルの絶望が、俺の胸に痛いほど響く。首から下げた翡翠石を、ぎゅっと掴んだ。

今のフォルの気持ちを、完全に理解できる者はいないだろう。

​村を守るためにとった行動が、結果として最愛の者を失うことにつながった。

もっと早く迎えに来ていれば、と何度も何度も自分を責め続けたに違いない。

しかし、どれだけ自分を責めようとも、一度失われた温もりは二度と戻ってはこない。

​「スカーレットを失った俺は、気がついたら、彼女を殺した兎人族を殺していた。そしてそのまま、スカーレットの家に戻ったら……その場面をムニンに見られたんだ」

​「……もう、いい」
 
俺の言葉に、フォルは伏せていた顔を上げた。

​「お前の気持ちは……痛いほど分かる」
 
この後の状況は、想像に難くない。

ムニンは、自分の母親を殺したのがフォルだと思ったのだろう。

冷静になっていれば、フォルの手についた兎人族の血の匂いですぐに真実が分かったはずだ。

​しかし、その時のムニンには、そんな余裕はなかったのだろう。

絶望と混乱の中で、彼は目の前の光景をありのままに受け入れてしまったのだ。