​「っ!」

俺が口にしたその名――スカーレットを聞いたフォルは、全身が震えるほどに大きく目を見開いた。

その顔から血の気が引いていくのが見て取れる。

フォルをそこまで動揺させる姿に、俺も息をのんで立ち尽くし、さっき自分で言った言葉が頭の中で反響した。

​「狼人族は兎人族を、そして兎人族は狼人族の誰かを殺してしまった」

​「……まさか!」
 
俺の言いたいことが分かったのだろう。

フォルはゆっくりと、しかし力強く頷いた。

その手に力がこもり、握りしめられた拳が震えている。

​「病気が流行りだしたのは……あの子が生まれるほんの少し前だった。しかし俺は、そんなことより、早く生まれてくる我が子に会えることが楽しみで仕方がなかったんだ。だが、ようやく生まれてきた子の瞳は……俺たちとは違う、黄緑色だった」

​黄緑色の瞳。その言葉が、俺の胸に重くのしかかる。

本来、狼人族は深紅の瞳を持って生まれてくる。

俺自身、深紅以外の瞳を持つ狼人族を見たことがない。それほどまでに珍しい存在。

​もし俺が当事者だったら、その神秘的な色に惹かれ、黄緑色の瞳の理由を調べただろう。

だが、その頃の狼人族の村には、そんな余裕はなかった。

​原因不明の病気が蔓延し、恐怖と疑心暗鬼が渦巻いていたのだ。

そんな時に自分たちとは異なる瞳を持つ子が生まれれば、誰もがその子を病気の原因だと錯覚する。

当然、その子を産んだ母親が現況だと非難する者も大勢いただろう。

​「俺はすぐにスカーレットに村を出るように言った。しかし、彼女は首を縦に振ってはくれなかった。だから、俺は村から少し離れた場所に小さな家を建てて、スカーレットと子供をそこに住まわせたんだ」

​「……フォル」
 
フォルは誰よりも辛かったはずだ。

心から愛する人との間に生まれた子供が、病の根源だと噂され、その母親も同類だと囁かれる。

愛する家族を守るか、それとも村を守るために彼らを切り捨てるか。彼はその板挟みで、どれほど苦悩しただろう。

​「そのことを、子供は知っているのか?」
 
俺の問いかけに、フォルは悲しそうに首を横に振った。

​「ムニンは何も知らない。だから俺のことは、母親を死なせた、最低な父親だと思っているだろう」

​「……どうして話さなかったんだ? 病気のことを」

​「スカーレットに言われたんだ。『ムニンは誰よりも自分の瞳を嫌っている。もし病気のことを話してしまったら、今度は自分の瞳だけじゃなく、自分自身のことも嫌いになって、私たちから離れてしまう』と」

その言葉を聞き、俺はかつてのスカーレットの姿をありありと思い出した。

彼女は自分のことよりも、他人のことを思いやれる子だった。俺でさえ、その優しさに救われたことがあるほどに。

​スカーレットなら、きっと良い母親になれただろう。

そんな彼女が、どんな顔で子供を抱いていたのか、一度でいいから見てみたかった……。

後悔と無念さが、フォルの言葉に乗って俺の心にも広がった。