ともかく、俺は懇願し、抱き合う画像はどうにか諦めてもらい、再び車を降りて定食屋のおばちゃん店員に、ふたりの写真を撮り直してもらった。

 肩に手を回すよう強要した咲久良は、『恋人』の俺に身を寄り添わせている作られた構図。しかし、どう見ても、初々しいカップルそのものだった。絶対、おばちゃんに誤解されたよ……どうすんだ。

「ふーん、まずまずですね」
「それを、親にはどのように説明するんだ」
「将来を誓った、大切な人。結婚を視野に入れた恋人。比翼連理、二世の契り!」

 真顔で言うので、思わず吹き出してしまいそうになる。

「担任とは言いません。ただ、『社会人、サラリーマンです』、と。うちの親は先生の顔を知りませんし、騙すのなんて軽いですよ。あー、よかった。先生がやさしくて。あっ、でもこれからは、ほかの子にやさしくしたらだめですよ。濃厚画像のほうを、学校に叩きつけますからね?」

 それって、ほとんど脅迫。

 けれど、カップル画像を手にした咲久良はかなり上機嫌で、俺に送られて帰宅した。あまりの遅さに、婚約者はしびれをきらして帰ってしまったのだという。


 咲久良の自宅は、ほんとうに大きな一軒家だった。暗くてよく見えないけれど、壁がずーっと続いている。聞けば、向かい斜め両となり、見渡す限り一面が、咲久良の持っている土地らしい。
 門を解錠しながら、咲久良は振り向いた。

「そういえば、先生は文芸創作部を担当していますが、ご自分でも小説とか、詩とか書いたこと、あるんですか」
「書かない。今の俺は、現場監督みたいなものだ」
「『今の俺』ってことは、昔の先生は」

「学生時代だ、学生……見よう見まねで恋愛小説を書いて、とある新人賞の最終候補に残ったことがあったが、審査員のひとりに完全否定されて小説家デビューはできなかった」
「見よう見まねって、自分の経験談ですか」
「言わせるな」

「是非、読んでみたいですね」
「やめとけ。しろうとの作文レベルだぞ。駄文」
「いいえ。元文学青年、照れないでください?」
「原稿の元データは、なくした。提出したものも、返却されなかったし」

 咲久良は小さく首をかしげて笑った。いい笑みだ。自分のセールスポイントをよく理解している。

「楽しみにしていますね。読んだら、今度は私が書きますよ。文芸創作部に入って、先生の仇を討ちます。それじゃ、先生。また明日」

 仇。話が壮大になってしまったが、早く帰したいので俺は笑顔を作った。

「おう。気をつけて」
「ありがとうございます」

「ああ、そうだ。先生、プライベート用の携帯番号とアドレスを教えてください。これから、恋人どうしになるんです」
「ふりだ、恋人のふり。間違えるな、そこ重要」

 確かにいろいろ、打ち合わせなければならない。学校では人目につく。
 俺はメモ用紙をちぎると、街灯を頼りに綴った走り書きを咲久良に手渡した。

「うれしい、としくん」

 遅い帰宅に、叱られるだろうけれど、咲久良の脚はステップを踏むように軽やかだった。闇の中で、白いスカートがぼんやりと翻った。

「……原稿、『なくした』んじゃなくて、『捨てた』が正しい、かな」


 その夜、電話なりメールなりなにか連絡が入るかと、やや期待していたけれど、咲久良からはなんの着信もなかった。

 からかわれたのか?
 そもそも、あんなに手馴れた誘いかた、ごくごく普通の高校生ができるものなのか?