「何の真似ですか店長……?」
「ははは、風師さんは相変わらずドジですね。何もない所で転ぶなんて」
「今のは店長が足を引っかけたんじゃないですか――」
言いかけた時花だったが、店長は彼女の唇に指を当てて黙らせた。
ささやかなスキンシップに、時花は柄にもなくドギマギする。店長に抱かれた体勢もあいまって、途端に顔が爆発した。酒を飲んだように真っ赤に火照る。
「おやおや? 風師さんが転んだ弾みで、印鑑が契約書に触れてしまいましたねぇ!」
店長が、妙に芝居がかった台詞をうそぶいた。
全く感情がこもっていない棒読みだったが、時花と学生の度肝を抜くには充分だ。
「あっ、本当ですね……契約書に印鑑が押されちゃってます」
時花の手中にあった契約書と、店長に握られた印鑑が、転倒した勢いで密着していた。
しかも狙いすましたように、店の署名欄にである。
「いやぁ参りましたね! 風師さんがドジっ子だったせいで、僕は契約書に捺印してしまいました! これではもう、この契約書を履行しなければいけませんねぇ! 風師さんのドジな性格が、こんな所で発揮されてしまうとは、何という不可抗力!」