「それでも、どうぞ」手招きする時花。「本日は、店長がお客様と話をしたいそうです。だから声をかけさせていただいたんですよ」

「はぁ? 俺と話?」

 学生が渋面をかたどった。

 明らかに警戒している。当然だ、店の責任者が出て来たら、何かまずいことでもしたのかと不安になるだろう。実際、彼は店を不審にうろついていた。店主じきじきに出入り禁止でも宣告されたら、スピードマスターを購入できなくなる。

 時花は「決してお客様を咎める意図はございません」と助け舟を入れておく。

 フォーマル・スーツのすそを翻し、学生を店内へ案内した。

 そこにはちょうど、事務室から顔を出した時任刻その人が立っていた。一糸乱れぬダブルスーツを颯爽と着こなし、さわやかになびく栗色の頭髪――きっと暖房の風でなびいているのだろう――を手で撫で付けながら、極上の営業スマイルを放つ。

「いらっしゃいませ。時計の悩みを解きほぐす古物時計店『時ほぐし』へようこそ」

「お、おう……」

 学生は呆気に取られた、というよりもうやうやしく会釈する店長の挙措(きょそ)に見とれた。再び顔を上げた店長の破顔に気圧(けお)されたのか、軽く舌打ちして顔を背ける。

 店長の朗笑(ろうしょう)が眩しくて、正視できないのは男性も同じらしい。