オメガのショー・ケースが陽光を照り返す。そこへ全身の影法師を覆いかぶらせた学生が、二六四万円の限定モデル、スピードマスター一九六九年製を羨望している。
「良かった! 今日もあった!」
「あのう……」
「ひぇっ! な、何だよ!」
大きくのけぞった学生は、たたらを踏んで霜に足を取られ、派手にずっこけた。
これでは時花がいたたまれない。外に出て直接話しかけたのだが、失敗だったか?
「お客様、大丈夫ですか?」
「へ、平気だっつうの、こんくらい!」
したたかに尻を打ったようだが、何ともなかったらしい。
再起した学生は、ダウン・ジャケットに付いた汚れを払い落として――霜が染み込んだ部分は乾くのを待つしかなかったが――ぶっきらぼうに虚勢を張った。
時花はそれがおかしくて、くすくすと吹き出す。
「笑うなよ!」
「あはは、申し訳ございません。それより、中へ入りませんか? 外に居たら寒いでしょうし……」
「へ? いいのかよ。中に入っても俺はまだ買わないぞ?」