若者が何百万円もの稀少品を欲しがるなんて、誰かの影響を受けたに決まっている。でなければ、お金がないのに欲しがるはずがない。
「身近に時計マニアが居て、ご本人も興味を惹かれたと考えるのが妥当でしょう」
「ですねっ! そのお客様は購入期限も述べていらしたので、誰かと約束があるのかも」
「購入期限?」
店長が目を丸くした。時花は頷いてみせる。
「確か、七月二〇日までに必ず買うと宣言してましたっ!」
「七月二〇日――?」
「はい。変な期限ですよね。年度末でもなく、季節の節目でもない中途半端な時期……」
「本当に七月二〇日とおっしゃられたのですね!! そのお客様は!!」
店長の声色にドスが入った。
何事かと時花は驚き、大きく飛びすさった。ついでにそのまま背後の壁へ頭をぶつけそうになる。ドジだ。
「て、店長? どうされました? 私、また何かやっちゃいました?」
店長が微動だにしなくなった。顔の前で手を振ってもビクともしない。
彼の双眸は遠くを見据えたまま、営業スマイルから意味深長な窃笑へ豹変していた。両手はダブルスーツの襟を正そうとしたまま固まっている。