「いろいろあったんですね。人に歴史あり……私、感動しましたっ!」
絶賛する時花に、店長は微笑んだ。若干乾いた笑みだったが、笑顔は笑顔だ。彼はいつだって笑みを絶やさない。同じ笑顔でも、そこには千万の感情が見え隠れする。
やがてスピードマスターをショー・ケースに返却し、事務室で防犯ブザーも付け直した。
「――話を戻しましょう。オメガは格式高い由緒あるメーカーです。宇宙飛行士だけでなく、オリンピックの公式タイムキーパーにもオメガ製が採用されていました」
「あ~……あの学生もそんなことを話してました」
彼の会話は本当だったのだ。
オリンピックの時計なんて、気にしたこともない人が大半だろう。しかし、あらゆる物には品格があり、それを築き上げた技術者の血と汗と涙が流れている。
「というわけで、歴史あるアンティークを欲しがる人は年輩が多いのですよ。アポロ十一号を知っている老年層が、退職金などで高級品を購入する……とかね」
「あ~。だから店長は、お客様を年輩だと予想したんですね?」
「はい。しかし実際は若い学生でした……となると、他に考えられる可能性は、親の影響でしょうかね。もしくは恩師とか、親戚とか」
親の影響。
それはありそうだ、と時花も思った。