「はい。僕は全員の声を、笑顔で受け止めたいのです。そのためには自分が直接お客様と触れ合う場所が必要でした。だから個人で店を構えたのです」
それは大企業に比べたら、些末な規模でしかない。
自営業が切り盛りする客数など、大企業にとっては誤差の範囲でしかないだろう。
されど。
店長は、自分を頼る人々を――かそけき少数の本音を――無碍に扱いたくなかった。
全ての人に、笑顔で応対したい。
最高の『営業スマイル』で迎えたい。
「せめて僕の目にとまる顧客だけでも、笑顔で解きほぐしたい……世界の全てを救うのは無理だとしても、僕の周辺だけなら目が行き届くでしょう?」
こうして、いつも笑顔の時計店が誕生したのだ。
時計の悩みを解きほぐす、知る人ぞ知る古物時計店『時ほぐし』が――。
「私と店長って、似てますね」
「……そうですか?」
「私も大企業が肌に合わなくて退職しましたから! 店長が私を拾って下さったのは、私と同じ『はみ出し者』だったからなんですね!」
「さて、どうでしょう」おどける店長。「僕は集団社会よりも個人で気ままにやる方が、性に合っているだけです。他にも退職理由はありますが、それはまた別の機会に……」