店長はさらに補足する。
「これはアポロ十一号モデルBA145.022‐69。月面に立った宇宙飛行士バズ・オルドリン氏が着用していたスピードマスターにちなんで、オメガ初のゴールドモデルとして複製品が限定生産されました。別名『ムーン・ウオッチ』です」
「ムーン! ……限定生産って具体的にいくつ出回ったんですか?」
「全世界に一〇一四個だけです」
「少なっ!」
「数の少なさと、一九六九年当時のプレミア価格が付いた結果、現在は二六四万円が妥当な相場です。シリアルナンバーの一~三九までは宇宙開発関係者に贈呈され、記念すべき一番は当時のアメリカ大統領・ニクソンに献上されたことでも有名です」
高いものには、相応の価値が裏付けられている。機械仕掛けのアンティークな代物が、時を超えて現代でも針を進めているなんて、時花は不思議な感慨を覚えた。
「もちろん腕時計は、きちんと動くように僕が定期メンテナンスしています」
「店長が、ですか?」
「他に誰がやるんです? 年代物はオーバーホールが欠かせません。不良品を販売するわけには行きませんからね。アンティークには修理と点検が付き物ですよ」
「済みません、オーバーホールって何ですか? 大きい穴?」