「若い? それは奇怪ですね」
「お店の防犯カメラにも映ってると思いますよ。しばらく私と会話してましたから」
時花は身振り手振りで先刻の状況を伝えた。
この立ち位置ならば、人相も背格好もばっちりカメラに映ったはずだ。
けれども店長は「いえ、それには及びませんよ」と左手で制し、黄金色に輝くスピードマスターへ右手を伸ばした。
手にはショー・ケースの鍵が握られている。いつの間に防犯ブザーを切ったのか、慣れた手付きで解錠してのけた。件の高級腕時計を掴み取って、外へ持ち出す。
「わ、わ」
時花の声が上ずった。視線こそ時計に釘付けだが、腰が引けてしまう。目と鼻の先に二六四万円が煌めいているのだから、無理もない。
「オメガのスピードマスターには、歴史と技術の粋が詰まっています。製造のコンセプトは『宇宙空間でも使用できる機能性』です」
「う、宇宙空間!?」頓狂に叫ぶ時花。「民間人には一生縁がないロケーションですよ!?」
「ですが風師さん、例えば日本のG‐SHOCKだって、水深数十メートルでの使用に耐えられる頑丈さがコンセプトですよね? 実際にそんな場所へ行くことはないとしても、その『高性能』が売りになるのですよ。安全性をアピールしているわけですね」