客が興奮している。
そこに置かれていたのは、金色の文字盤が眩しいアンティークな腕時計だった。
他の品とはやや離れた位置に、目玉商品のごとき演出で安置されている。名札にも一九六九年製と銘打たれており、気になる値段は――。
「えーと。に、にひゃくろくじゅうよんまん円、でございますぅ……」
――時花は自分で読みながら、声が先細った。
二六四万円。
新社会人の平均年収がそのくらいだろうか。それが腕時計一個の価格だった。
他のオメガは、安い物だと一〇万円からあり、最も多い価格帯は三〇~六〇万円だ。さらに値打ちがあるものは一千万円を超えるが、二〇〇万クラスでも充分に破格である。ましてや、場末の小さな店舗には間違いなく不釣り合いな大物だ。
「ガチで一九六九年のスピードマスターだぜ!」ショー・ケースにかじり付く客。「これ、まだ買い手は付いてないよな!」
「あ、あの、お客様、ケース上に手を置かないで下さい……」
「答えろよ! まだ売れてないよな!?」
「はいっ。買い手が付いた品は店頭からお下げしますので、ここにあるのは売り物です」
「そうか……よし!」