男性客は明確にリクエストした。

 一九六九年のモデル――?

 身なりからはとてもそうは思えないが、男性客はオメガに一定の知識を有している。製造年代まで指定するなんて、相応の知見がなければ出来ない所業だ。

「当店の商品は、ここにある物が全てでございます……ここになければ、ないかと……」

 時花は改めてオメガのコーナーを見渡した。

 ショー・ケースに飾られた腕時計は皆、店長が陳列したものである。在庫はこれっきりだ。小さな店なので倉庫など存在しない。品出ししていないものはせいぜい、店長が下取りした未調整品くらいだろう。

「一九六九年製のスピードマスターってさ、相場はどれくらいだ?」

「ええと……価格は全て、そちらの値札にある通りです」

 具体的に例示できない時花が歯がゆかった。会話にならない。

 いっそ店長に助けを求めようかとも考えたが、男性客はショー・ケースに見入ったまま文句を返さなかったので、もう少しだけ頑張ってみることにした。

「おお! ここにあるじゃんか、一九六九年のモデル!」垂涎する男性客。「しかもアニバーサリーの復刻品じゃなく、マジモンの一九六九年に製造されたモデルが!」

「あっ、ありました? お気に召しましたでしょうか……?」