時花は思い切って声をかけることにした。
店員が客へ質問し、要望に適した商品を提供するのは、デパートなどでもよく見られる光景である。また、声かけが不審者の犯罪防止に役立つことも店長から教わった。
ちょっと怖いが、勇気を出して経験を積むのも悪くない。
「お客様、何かお探しでしょうか?」
出来るだけ丁寧に、囁くように上品な声を意識する。
近付いた矢先、男性客は弾かれたように時花を見返した。
「あ、いやぁ、それがさ! 外を通りがかったら、ショー・ウィンドウ越しにオメガの腕時計が目にとまったもんでな! 俺、ちょうどオメガを探してたんだよ!」
「オメガですね。どのモデルでしょう?」
時花は応対しつつ、意外にも男性が時計ブランドを知っていたことに驚いた。
オメガとは、世界的な高級時計のブランドである。腕時計の聖地として名高いスイスの二大メーカー、それが『ロレックス』と『オメガ』だ。
ロレックスは高価なセレブ志向であるのに対し、オメガはそれよりも安価な値段設定を多数発表しており、高級でありつつも手を出しやすいイメージで人気を博している。
時花は懸命に営業スマイルを作ると、てのひらでオメガのコーナーを示した。
「オメガですと、あちらのショー・ケースにご用意しております」