着慣れないタイトスカートのフォーマル・スーツに身を包んだ時花は、店長から最低限のマナーを叩き込まれた。たとえ来客がカジュアルであろうとも、品位を持って接しなければならない。
男性はTシャツとジーパンにダウン・ジャケットを羽織っただけの、フォーマルさの欠片もない装いである。そんなナリでブランド品が似合うのかしら……と時花が思った通り、彼は装飾品を一切身に着けていなかった。
時計はおろか、アクセサリーひとつない。
(妙ですね……)
時花の警戒心が警鐘を鳴らす。
わざわざ敷居の高いブランド店へ立ち入る者は、少なからずその方面に造詣があるものだ。時計が好きだからこそ来店するのだ。
にも関わらず、この客は時計を着けていない?
――絶対に怪しい。
(ひょっとして、店長がおっしゃったような、新たな要注意人物が現れたのかも……?)
不釣り合いな店の様子を窺う若者は、泥棒の下見と思われても仕方がない。
冒頭の窃盗未遂さながらに――。
(いっそのこと、こちらから話しかけてみるべきでしょうか?)