せっかく見付けた憩いの場なのだ。安住の地なのだ。この職場に骨を埋めたいのだ。
涙腺が再び決壊し、頬を伝った。
店長はティー・カップを机に置き、返す手で懐中からハンカチを出した。アルマーニの上等な布地が、時花の肌に優しく触れる。涙を、しがらみを吸い取ろうとする。
「あなたに泣き顔は似合いませんよ」
「でも……でもっ……私はっ……!」
「僕も同じ気持ちです。この店は僕の宝物です、失うわけには参りません……たとえ元凶が他ならぬ『矢陰光』さんだとしても」
創業者の一人だった元恋人が発端だろうと、店を捨てるわけにはいかない。
店長の執着は店舗そのものなのだ。だからこそ、時花も愛着が湧いたのだ。店が有する独特な雰囲気に心惹かれ、ほぐされたのだ。
――『時ほぐし』という『ロケーション』が好きなのだ。
「私は、このロケーションが好きです。十一月末に採用されてから一ヶ月余り……世間的にはまだ研修期間の新人かも知れませんけど、私は大好きになったんです!」
研修期間。
前職の研修は三ヶ月だった。接客業だとせいぜい二週間~一ヶ月程度だろうが、どのみち時花が新人であることは間違いない。