「僕と『時ほぐし』を始めたのも、彼女自身が贋作を販売するためならば、得心が行くのです。本物に紛れて贋作を売りさばけば、絶好の隠れ(みの)になりますからね」

「そんな……この店を悪用されたなんて、あり得ませんってば」

「本当に言い切れますか? 僕はまんまと利用されていただけかも知れません。恋心に付け込まれて、疑うこともせず……」

 だから潮時になった途端、簡単に蒸発された。

 彼女は姿を消したのだ。

 店長を捨てて。

 それは悲劇に見せかけた、巧緻(こうち)な裏事情が潜んでいたことになる。

 なまじ明晰な店長だからこそ、一度湧いた嫌疑の歯車は回り続ける。彼は紳士だからこそ、店で偽物を取り扱っていたとなればプライドが許さない。

「特にパテック・フィリップは高価です。四八〇万円もの金額を支払ったのに贋作だったら、誰だって怒ります……大枚をはたいた信頼性が、崩れたわけですから」

 大金とは、いわば保証だ。

 高値は品質だけでなく『正規品の信頼性』も担保している。それを裏切る形になったのは不甲斐ないし、やる瀬ない。『時ほぐし』の理念に著しく反する。

「け、けど店長。買ったのは悪名高きヒモ大学生ですし、さほど気に病むことでも――」