「悪い方向にばかり思考を巡らせるのは、精神衛生上よろしくありませんよ、店長!」

「常に最悪のケースを想定できなければ、経営者の危機管理として失格です」譏笑(きしょう)する店長。「光さんは想定を遥かに超えるドジでした。時花さんのドジは愛嬌がありますけど、光さんは業務に支障を来たしたこともしばしばありました」

「はぁ、それは聞いたことがありますけど……」

 矢陰光は店の売上金を紛失したり、帳簿や注文を間違えたりなど、相当な問題児だったようだ。

 前職の時計メーカーに属していたときも、同様の失態を山ほどやらかしたのだろう。上司と揉めて退職する羽目になったと聞き及んでいる。

 その上司は、店長の元上司でもあったそうだが――。

「それらのドジが皆、贋作の流通をごまかすためのカモフラージュだとしたら?」

 店長の推理は止まらない。

 一度でも浮かんだ仮説は、最後まで検証しないと気が済まないのだろう。

「会社の機密事項や試作品を横流しすることで、贋作の製造技術を向上させ、闇ブローカーとして不正な利益を上げていたとしたら……? 上司と揉めて退職したのも、足が付く前に身を引いたとも考えられます。それほど彼女のドジは巧妙だったのです」

「悪く考え過ぎですよっ」