「そんなことのために買われる時計が、可哀相です」儚げに微笑む店長。「時計を、時間を、無駄にしないで下さい……あなたの時計が泣いてます」
「!」
老紳士は、左手首を見下ろした。
ブレゲの針は正しい時を刻めず、遅れている。
「まるで、在りし日の過去へ戻りたがるように……」
「わしが過去に囚われ、未来に進もうとしないから時計も遅れがちになると言うのか?」
「持ち主の想いを反映させたブランドでございますね」
店長は愍笑した。
哀れむように、慰めるように笑いかけた。
駄目押しとばかりに、時花も顔を寄せる。老紳士に息のかかる距離だ。
「光さんが戻って来るとしたら、それは過去ではなく『未来』の出来事ですよね?」
「!」
「この先、訪れるかも知れない『未来』です。過去を振り返らず、未来を見るべきです」
「……未来か」鼻で笑う老紳士。「小娘が、ぬかしよる」
だが、その言葉は真理かも知れぬと、老紳士は痛感した。
光陰矢のごとし。
時間は矢のように『未来』へ向かって進んでいる。