「目が、覚める……?」

「いつまでも過去に囚われ、毎月お金と時間を浪費するのは、建設的とは言えませんよ」

「うっ……」

 老紳士は言葉に詰まった。

 不毛なクレーマーなど即刻やめるべきだ。時計を買わずとも来店は可能なのだから。

 店長だって、交際相手の親が入店するのを拒否するほど狭量ではない。

「ブランド時計は決して安くありません」口を挟む店長。「買うなとまでは申しませんけど、お客様の生活を圧迫しない程度に抑えるべきではないでしょうか?」

「よ、余計なお世話じゃ! 昔のブレゲもミュラーも、娘が愛用しておった。それを買い溜めておけば、娘が戻って来たとき喜んでもらえるし、店だって儲かるじゃろうが――」

「それが無駄遣いだと言っているのです」

「うぐっ……」

 本当は老紳士も自覚していたのだろう。

 こんな代償行為に、意味などないことを。

 時計を買って、娘の真似事をして、気を紛らわしたいだけの現実逃避。

 そんなのは――もったいない。

 金銭も、品物も、それに費やす時間も、全部もったいない。