娘が好きだった『壊れやすいブランド』をわざと購入し、本当に壊れたら意気揚々と苦情を言いに来る。

 昔のブレゲやミュラーは、クレーマーにうってつけの品(・・・・・・・・・・・・・)だったのだ。

「良く出来ました、時花さん。百点満点ですよ」

 店長が手を叩いて歓笑(かんしょう)した。

 胸の内をすっかり見透かされたノーガードな店長も珍しい。

 隠していた過去を共有したことで、時花との距離が縮まった。

「老紳士は、さほど裕福ではない中流家庭です。にも(かか)わらず毎月、かなりの無理をして高級腕時計を買って行くのです。僕はとても心配しています」

「お金を浪費しているんですね……早く辞めさせないと生活に支障が出ますし、時計が原因で不幸になるのは店側としても後味が悪いです」

「その通りです。いよいよ、時花さんに全てを打ち明けるときが来たようですね……僕がこの店を開いたきっかけ……そして、一人の女性にまつわる思い出を」

「店長が創業したきっかけって、大手メーカーを辞めたからじゃなかったでしたっけ?」

「それ以外にも理由がある、と以前言いましたよ」事務室へ引っ込む店長。「その『もう一つの理由』を、ここでつまびらかにしましょう……時花さん、店を閉めてから事務室へ来て下さい。温かい紅茶を()れて待っています」