これまでも、たまに笑顔を引っ込めたことはあったが、いずれも一瞬のことだ。

 なのに今、すでに何十秒もの間、苦虫を噛み潰したような形相をかたどっている。

「僕もまだまだ未熟ですね。過去をほじくり返されるのは想像以上に痛恨でした……自分でも驚いていますよ。ここまでダメージを受けるのか、とね」

 店長はハンカチをポケットから取り出し、顔を拭った。

 いつの間にか汗がしとど流れ落ちている。額から伝う一雫を布でせき止めて、店長は時花をじっと覗き込んだ。

「時花さん、ここまでは正答です。しかし、他にも謎は残っています。老紳士が古いブレゲやミュラーばかり蒐集する理由――」

「きっと、娘さんが好きだったブランドなんじゃないですか?」

 時花は淀みなく即答した。

 店長は再び相好を崩す。ご満悦な朗笑(ろうしょう)で続きを促した。言われるまでもない。

「古いブレゲやミュラーは、故障率の高い商品でした……それは老紳士にとって好都合でした。修理という建前があれば店を訪れる大義名分になる(・・・・・・・・・・・・)からです」

 恐らく老紳士は、用もなく店へ寄るのが(しゃく)だったに違いない。娘が居れば別だが、来店する以上はもっともらしい根拠が欲しかったのだろう。

 そこで白羽の矢を立てたのが『商品の修理依頼』だったわけだ。