「もちろん今のブレゲは問題ありませんよ。飽くまでも昔のブレゲは先進的な設計に技術が追い付かず、品質が安定しなかったのです」
「どうしてそんなことに……」
「昔のブレゲは企業買収が繰り返され、経営が危ぶまれていました。そのため生産体制にも影響が出て、品質に乱れが生じたのです。針が狂いやすい、すぐ動かなくなると言った苦情は、当時の文献や報道記録にもたくさん残っています」
たくさん残っている。
言い逃れ出来ない『史実』なのだ。
「二一世紀に入ってからは、スォッチがブレゲを買収し、ブランドを立て直しました」
「ああ、それで今のブレゲは大丈夫なんですね」
「ええ。それに近年は、昔ながらの壊れやすさが逆に味があると断言する好事家もいらっしゃいます。手間暇かけて面倒を見るのが好きな方々ですね」
時計マニアは得てして、時計をいじるのが大好きだ。
壊れないよう四六時中、点検する――それはマニアにとって、むしろ天国なのだ。
「では店長、こちらのフランク・ミュラーは?」
時花が催促すると、店長は隣のショー・ケースへと移動した。
そこにはミュラーの百万円を超えるモデルが、当たり前のように雁首そろえていた。