「やっぱり昔のものは経年劣化するから、ですか?」
「安物のシンプルな二針モデルは、構造が単純で壊れる余地が少ないのです。反面、多軸クロノグラフだのコンプリケーションモデルだのと言った複雑な機構は、ちょっとしたパーツの不具合だけで全体に悪影響を及ぼし、些細なきっかけで故障します」
目から鱗が落ちた気分だった。
いつぞやのオメガのように、高価なほど外装は頑丈だが、少しの衝撃で内部の精密機械が狂ってしまうことはあるという。
「昔のブレゲは、そもそも店頭に並んでいる時点で、クロノグラフ針が合っているのを見たことがありません」
店長はショー・ケースをてのひらで差し示す。
古いブレゲの腕時計がいくつか陳列されている。いずれも五〇万円を下らない高級品ばかりだ。百万円以上のモデルもちらほら見かける。
ブレゲは、西暦一七〇五年にフランスで創業された、歴史ある時計メーカーだ。
かの皇帝ナポレオンが顧客だったことを宣伝に掲げるほどの由緒あるブランドだが、その歴史は経営難と身売りに明け暮れた、きな臭い変遷をたどっている。
「時花さん、ご覧下さい。時計をリセットしても、きちんと十二時を差してくれません」
「うわぁ……」