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 毎月末、給料日を過ぎるたびに高級ブランド腕時計を買いに来る初老の紳士。

 しかも複数買いという高額の出費で、逆に店側が心配してしまうほど。

 その人は必ず、壊れやすいという噂のあるブランドを選んでは、案の定すぐに壊して修理を依頼するのだ。

 まるでクレームを入れるために、わざと悪名高い商品だけを購入するかのように。

「店長、ブレゲとフランク・ミュラーの(もろ)さについて教えていただけませんか? なぜそんな悪評が広まったのかについても……」

「そうですね。時花さんが時計の知識に興味を持つのは、新人の教育にもなりますし」

 店長は時花と視線を合わせ、目笑(もくしょう)した。

 時計の衒学的な蘊蓄は、店長が最も得意とする分野だ。ショー・ケースに歩み寄った店長は、現物を見ながら説明してくれた。

「腕時計は基本的に、高価な機械式(オートマティック)ほど壊れる頻度が高いです」

「えっ、そうなんですか? 安物の方が長持ちするんでしょうか?」

「はい。千円のクオーツ時計なんて電池交換だけで何年も持ちますが、数十万円もの緻密な時計は、破損こそしないものの衝撃で狂うことがザラにあります」