店長が許可したのだから良いに決まっているのだが、それでも時花は気おくれした。
――工房。
それは、レジ奥の事務室からさらに奥の扉にある、秘密の小部屋だった。
いわば店長専用の作業室で、主に腕時計のメンテナンスや鑑定に使用される『不可侵領域』だ。素人が迂闊に踏み込むのはためらわれた。
「早く取って来て下さい」
「は、はいっ」
時花は足を動かした。
店頭から事務室へ行き、さらに最奥のドアノブに手をかければ、そこはもう工房だ。
中は狭い。
作業机と部品棚がぎっしり押し込まれている。棚には腕時計のオーバーホールに使われる精密なパーツが、メーカーごとに仕分けられていた。
机上にはさまざまな工具が並ぶ。他にも修理の標準作業書や時計のカタログ、マニュアルと言った分厚い専門書籍も積まれていた。
(私の知らない世界ですね……)
時計の中身や機構については無知なため、時花は近付くのさえ腰が引ける。
恐る恐る入室し、机の片隅にあった腕時計のケースを二つ見据えた。