女性客はその場にくずおれた。
握っていた茶封筒を、虚しく床に落とす。
大切なお金だが、もはや拾う気力すらない。恋人への執着が途切れたのだ。ようやく目が覚めたらしい。
金持ちの暗示が解けて行く。
ブランドにそそのかされた思想が解きほぐれて行く。
時花がゆっくりと近付いて、泣き崩れた女性客をいたわった。
「大切なお金は、ご自分のためにお使い下さいませ」
茶封筒を拾って渡す。
女性客は呆然と封筒を見つめていたが、次第に実感が湧いたのだろう。双肩をわななかせたのも束の間、頼りない小鹿のような足つきで再起した。
「今の話が本当なら、カレシのことが許せないんだけど! ねぇ、本当なのよね? 証拠はないの? カレシが女タラシのナンパ野郎っていう、確たる物証はないのっ?」
女性客は時花に詰め寄った。
過去に女連れで来店していた証言だけでも充分な気はするが、きちんとした物的証拠がないと腑に落ちないようだ。
店長が時花に笑顔で目配せした。