突然お母さんが帰って来なくなって、【ママ!】と呼んでも返事が返ってこない。

周りの友達にはお母さんが居るのに、どうして私にはお母さんが居ないの? 

【ママは何処に行ったの? どうして帰って来ないの?】。数々の疑問があった中ようやくお父さんから言われた言葉が、【お母さんはもう居ないんだよ】だった。
 
同じような事を二度言われたおかげか、現実をちゃんと見る事が出来た私は、【ママは死んだんだ】と小さいながらにも理解出来たのだ。
 
お母さんが私の為に病気の事を隠していたと知らず、私はお母さんの事を忘れるようにしたのだ。
だから私はお母さんを忘れていたのだ。……いや、思い出さないようにしていたのだ。
 
私の目から涙が溢れ、頬を伝って下にポタポタと落ち始める。

「ちゃんと……アヤちゃんに伝えてあげて下さい。自分が病気であって、もう直ぐ居なくなるかもしれない事を……。そしてお父さんに自分の気持ちを伝えてあげて下さい。そうすればきっと、見えなくなってしまった希望も……見えるかもしれません」
 
涙を流しながら私は軽く笑って言った。
 
本当は【治療する事をやめないで欲しい! 生きて欲しい!】と伝えたい。

でもそれは……お母さんが決める事だ。私が勝手に言って良い事じゃない。
 
私が出来る事は……絶望を感じているお母さんに希望を与える事だと思うのだ。

私がこの時代に呼ばれたのは、お母さんを救い出す為だったのかもしれない。

「綾乃さん……」
 
お母さんは雨のような大粒の涙を流していた。子供のように顔を歪めると、堰が切れたように泣き始める。

そんなお母さんの背中を私は優しく擦ってあげた。
 
私の言葉で未来がどう変わるかは分からない。でも……きっと良い方向に進んでいくと、私はそう思ったのだ。