「こんなこと……智哉さんには言えません。彩芽ちゃんの為に頑張って仕事をしているあの人に、これ以上負担をかけたくありません」

「っ! そんなこと無いです! アヤちゃんのお父さんは、結さんの本当の気持ちを聞きたいはずです!」
 
座っていた椅子から勢い良く立ち上がり叫ぶように言う。

その拍子に椅子が後ろに倒れ、部屋の中に椅子が倒れた音が響いた。お母さんは驚いた表情を浮かべて私を見上げてくる。
 
お母さんにお線香をあげている時のお父さんの表情は今でも良く覚えている。

お父さんはお線香をあげている時、お母さんに話しかけるように私の事を話しているのだ。【もう彩芽も高校生だ】、【結に似てとても可愛らしい子に育っているよ】と聞いているだけで恥ずかしい話しなのだが、前に一言だけ溢した言葉があったのだ。

「結……俺は後悔しているんだ。あの時……俺は君の気持ちを聞く事がなかった。もし、君の気持ちをちゃんと聞けていたなら、この未来も変わっていたのかもしれないね」
 
その言葉を聞いた時、お父さんは後悔しているんだと思った。でもお母さんが何の病気で亡くなったのを知らなかった私は、気に留める事もなかった。

でも今なら分かるのだ。

「一人で悩まなくても良いんです! 迷惑かけたって良いじゃないですか!」
 
震える拳に力を込めて、目を閉じ大きく息を吸ってゆっくりと吐き出す。
 
お母さんに言いたい事を頭の中でまとめ、目を開いてお母さんを見下ろす。

「アヤちゃんだって……きっと分かってくれます。何も言わないまま居なくなる方が……アヤちゃんにとっては一番辛い事です」
 
お母さんが亡くなったとお父さんから知らされた時、初めはその言葉が理解出来なかった。

でも……冷たい棺桶の中で安らかに眠っているお母さんの姿を見て頭の中が真っ白になった。

必死にお母さんに手を伸ばして、泣きながら【ママ! ママ!】と叫んでいた事を……思い出したのだ。