「あっ、そういえばアヤちゃんのお父さんは?」
 
窓の外を見つめていたお母さんはこちらに振り向くと言う。

「急に仕事が入ったみたいなの。だから……綾乃さんたちとは入れ違いになってしまったのよ」

「……そうですか」
 
もしかして私たちの事を避けているのだろうか? 

昨日は【明日は休みを取ったから、結のところに行ってくるよ】と言っていた。だからそんな急に仕事が入るとは思えないのだ。
 
お母さんは軽く息を吐くと、胸に手を当てて言う。

「あの人……今凄く悩んでいるんです」

「悩んでいる?」
 
あのお父さんが?
 
お母さんの言葉に首を傾げ言葉の続きを待つ。

「……この先、どう彩芽ちゃんと接して行くかで悩んでいるんです」

「っ!」
 
お母さんの言葉に驚いて目を見開いた。

「智哉さんは多忙な人だから彩芽ちゃんを一人にしがちで、私がこんな状態じゃなければ、彩芽ちゃんの側に居てあげる事が出来るのですけど……」
 
お母さんは悔しそうに拳に力を込める。その姿を見て胸がしめつけられた。お母さんは拳に込めていた力を解くとぽつりと呟いた。

「……私、もう長くないと思うんです」

「っ!」
 
その言葉を聞いて心臓が大きく跳ね上がった。

やっぱりお母さんは、このまま治療を続ける気がないのかもしれない。

治療を続けても癌が小さくなる事がないと、知ってしまっているからだろう。

「治療は……続けないんですか?」
 
私の言葉にお母さんはただ笑顔を返してくれただけだった。

きっとお母さんの答えは――【治療は続けない】なのだろう。