「ママ!」

アヤちゃんがお母さんの方へ駆けて行く後ろ姿を見つめ、じぃじと私も後に続いて病室の中へと入る。
 
病室の中にはお母さん以外の患者さんは居なかった。どうやらここは個室のようだ。病室の中
にあちこち目を向けていると、お母さんが口を開いて言う。

「こんにちは……一茂さん」

「こんにちは、結さん。急に押し掛けて申し訳なかったのう」

「いえ、そんな事ありません。智哉さんから話しは聞いていましたから」
 
お母さんはアヤちゃんの髪を優しく撫でると、私へと目を向ける。その視線に気がついた私は体を強張らせた。
 
お母さんに会ったら色々と話したい事を考えていたのだが、いざ目の前にお母さんが居ると思うと、緊張してしまって上手く言葉が出て来ない。

「あなたが……綾乃さんですか?」

「は、はぃ。あの、どうして私の名前を?」

「智哉さんから話を伺っていたんです。昨日は……彩芽ちゃんがお世話になりました」
 
深々と頭を下げるお母さんに私は言う。

「そ、そんな事ありませんよ! アヤちゃん凄く可愛くて、私も一緒に遊べて楽しかったです」
 
私の言葉を聞いてお母さんは嬉しそうに微笑んでくれた。

……そっか、お母さんは私の事を【彩芽ちゃん】って呼んでくれてたんだ。たったそれだけの事なのに、胸の辺りがじわっと暖かくなるのを感じた。

「彩芽ちゃんは……お姉さんが大好き?」

「うん! あやめね、お姉ちゃんだいすきなの!」
 
アヤちゃんの言葉を聞いて頬が熱くなるのを感じた。

「ねえ、ママはいつ帰って来るの?」

「っ!」
 
アヤちゃんがその言葉を言ったと同時に、病室の中の空気が一変した事に気がついた。

気まずい空気が部屋の中を漂い、お母さんからは緊迫した雰囲気が伝わってきて息苦しさを感じた。
 
その様子に真っ先に気づいたのか、じぃじはお母さんからアヤちゃんを引き離す。