「今のアヤちゃんには父親の存在が必要じゃ。結(ゆい)さんは病気で入院しているというのに……」

「っ!」
 
【結】という名前を聞いた時、小さい頃の記憶がフラッシュバックした。
 
その光景は何処かの病室で窓の外を見つめている女性の姿が見える。

その人は私の存在に気づくと、優しい笑みを浮かべて微笑み返してくれた。でもその笑顔はどこか悲しく、寂しいように思えた。

「ってこんな話し、綾乃さんに言っても仕方ないか」

「い、いえ! そんなことないです……。私も今のアヤちゃんには、お父さんが必要だと思うので」
 
私は拳に力を込めて声を少し震わせながらじぃじに問いかける。

「あのアヤちゃんのお母さんは……何の病気で入院しているんですか?」

「……」
 
私の質問にじぃじの顔つきが変わる。私はお母さんの病気について、詳しく話を聞いた事がなかった。

私にとってお母さんは幼い頃の記憶しかないのだ。どんな顔だったのかどんな声だったのか、どんな人だったのかそれすらうろ覚えなのだ。

「……今ここでする話じゃないのう」
 
じぃじは苦笑じみた笑顔を浮かべるとそう言った。

「……そうですね」
 
言われてみればそうだ。ここは家じゃない。それに今は隣にハンバーグを心待ちにしているア
ヤちゃんが居る。この話はアヤちゃんが居るところで話すような内容じゃない。

「おまたせしました――」

「ほれ、綾乃さんが頼んだカルボナーラが来たぞ」

「は、はい……」
 
私は目の前に置かれたカルボナーラを見下ろす。
 
ただの興味本位でお母さんの事を聞いて良いはずがない。そんなことより早く黒電話を見つけて元の時代に戻ろう。

そう自分に言い聞かせた私はフォークを手に取った。