「ありがとう……」


小さく、だけどはっきりとその言葉を声に出すと、広瀬は俯いてますます泣いた。
信二は彼女の肩を抱きながら、ずっと窓の外を見ていた。


それから病院に着くまでの間、俺たちが言葉を交わすことはなかった。
夕陽に照らされながら助手席で眠る美乃が悲しげに見えて、俺はそんな彼女から目を背けるように、運転に集中していた。


さっきまでの幸せな時間と、これから待ち受けている現実。
頭の中を過ぎる不安が俺を崩れさせてしまいそうで、美乃をこのままどこかに連れ去ってしまいたいと思った。


そんなことは絶対に無理だと、ちゃんとわかっている。
今までこんなことはなかったのに、俺は彼女と付き合い始めてからやけに脆くなったみたいだ。


だけど、こんな気持ちを美乃には絶対に知られたくない。
俺が彼女を支えていたいんだ。


病院に着くと、駐車場に車を停めて美乃を起こした。
夕陽で眩しいのか、それともまだ眠いのか、彼女は少しだけつらそうに目を開けた。


病室に戻ると、菊川先生と内田さんがすぐにやってきた。


「楽しかったかい? 体調は大丈夫だった?」

「うんっ! すごく綺麗で、自分が病気だってこと忘れちゃいそうだったよ!」

「そっか。僕も一緒に行きたかったよ」


先生は体温や血圧を測り、美乃を診察している。


「血圧も脈も問題ないけど、微熱気味だね……。どこかだるいかい?」

「ううん、平気。きっとさっきまで眠ってたから、ちょっと熱が高くなっただけだよ」

「じゃあ、夕食のあとに点滴をしようね。今日はゆっくり休んで」

「またあとで様子を来るわね」


菊川先生と内田さんはそう言い残し、病室から出ていった。


「大丈夫か?」

「うん!」


俺の心配を余所に、美乃は笑顔で頷いた。