もともと、美乃の前で吸うことは一度もなかったし、禁煙くらいで彼女の病気が治るなんて本気で思っているわけじゃない。
だけど、なにかに縋り付きたくて、タバコをやめた。


無意味だとわかっていても、とにかくなんでもよかった。
理由を付けて、美乃が少しでも長く生きていてくれるようにと、そう願っていた。


「確かに、私のやり方は間違ってたのかもしれない。だけど、願掛けしたことは後悔してない。だって、この子は……この子は私の大切な妹なんだからっ……!」


広瀬は再びミラー越しに俺の瞳を見つめ、しっかりとした口調で言い切った。
唇を噛み締める彼女が、涙を流しながら俺を見ている。


さっきまでは広瀬を憎みたい気持ちでいっぱいだったのに、今はもうなにも言えなくなってしまった。


「いつか……いつか美乃ちゃんと一緒に、結婚式を挙げたかったのよ……」


最後にそう言った彼女の言葉が、嘘じゃないとわかっていたから。


「もういいよ、由加……」


俺がなにも言えずにいると、ずっと黙っていた信二が切なげに微笑んだ。


「悪いな、染井……。わかってやってくれとは言わないけど、こいつを責めないでくれ……。俺にとって美乃は大切な妹だけど、それと同じくらい由加も大切な恋人なんだよ。こいつがいなかったら、俺はここまで頑張ってこれなかった……」


信二の言葉で、このふたりがずっと一緒にいる意味がわかった気がした。


美乃の病気が治らないと知り、絶望を見た信二。
そんな信二を支えていたのは、きっと他の誰でもなく広瀬だ。


広瀬は信二を支え、そしてきっと美乃のことも支えてきた。
三人の間には俺の知らない時間があって、きっといくつもの試練を乗り越えてきたはずだ。


信二に言われなくても、俺には広瀬を責めることなんてできなかった。
俺が彼女に言うべきことは、たったひとつだけしかない。