帰りの車内では、美乃はぐっすり眠っていた。
念願の水族館に加えて久しぶりの遠出で、随分とはしゃいでいたから疲れたんだろう。


「美乃ちゃん、寝ちゃった?」

「ああ、疲れたんだろうな」

「本当に嬉しそうだったもんな! あんなにはしゃぐ美乃、久しぶりに見たよ……」


信二が切なそうに言うから、ついしんみりとしてしまう。


「私さ……さっき、美乃ちゃんに結婚のことを言われて、ドキッとしたの」


おもむろに切り出した広瀬が、静かに続けた。


「本当はね……願掛け、してたんだ……」

「願掛け?」

「私、最低なのよ……」


信二はその理由を知っているのか、珍しく黙っている。


「なんだよ、いきなり……。言いたいことははっきり言えよ。さっき、お前がそう言ったんだぞ?」


中々続きを話そうとしない広瀬に不安になって、冗談めかして笑いながら彼女を促した。


「私……美乃ちゃんの病気が治るまで、結婚しないつもりだったのよ」


広瀬の言葉で、心臓が一瞬大きく鳴った。
美乃の病気が治るなんて、今の医学ではありえない。


それは信二も広瀬も、そしてもちろん彼女自身も、ちゃんと知っていることだ。
だからこそ、俺はその言葉で動揺した。


広瀬は、美乃を妹のように、本当に心から可愛がっている。
俺も信二もわかっていたし、それを一番喜んでいたのは他の誰でもなく美乃だった。


だからこそ、このことを知って一番傷付くのは美乃だろう。
広瀬も、それをわかっているはずだから、願掛けなんかしていた彼女に憎しみすら生まれそうになる。


俺は苛立ちを隠せず、運転が荒くなってしまいそうだった。
募る負の感情を表すように、首都高を走る車のメーターの針が少しずつ上がっていった。