「タイミングがね、よくわからないのよ……」

「タイミング……?」


美乃は、不思議そうに小首を傾げた。


「私はもうすぐ二十五になるけど、まだまだ中途半端な位置なの。やっと今の仕事に慣れて、自分のやりたいことがわかってきた。だからこそ……今、結婚すると仕事を続けられるのかとか、色々考えちゃうのよ」


ため息を零した広瀬が、困惑を含んだ笑みを浮かべる。


「女にとって、今はすごく迷う時期なのかもね……。私はできれば仕事を続けたいし、信二もそれは賛成してくれてる。だけど、まだ自分に自信が持てないから、今は保留にしてもらってるの」


広瀬が一気に話すと、美乃が口を開いた。


「……私のせいじゃない?」

「それは絶対にない! 結婚は私たちのタイミングだもん。さっきもそのことを話してたのよ」


広瀬は、おもむろに左手を自分の顔の横で見せた。
彼女の薬指には、小さなダイヤが埋め込まれたプラチナリングが光っていた。


「それって……エンゲージリング⁉」


目を見開いた美乃に、広瀬がゆっくりと頷いた。


「今、ここでもらったの」


今まで黙っていた信二も、笑顔で美乃を見た。


「だから心配すんな! 結婚式にはお前らもちゃんと招待するから、絶対来てくれよな」

「うんっ……!」

「なんだよ、信二! ちゃっかりプロポーズしたのかよ! 来る時は、散々俺の事をからかってたくせに!」

「あの時は緊張して、落ち着かなかったんだよ! 振られたらどうしよう、って……」

「バーカ! 何年あたしと一緒にいるのよ!」


からかう俺に信二が情けなく笑い、広瀬が呆れたように信二の頬を抓った。


「じゃあ、そろそろ帰るか」


少しだけ照れ臭そうな信二に続いて、俺たちは水族館を後にした。
美乃はふたりの話を聞いて安心したらしく、笑顔で俺の腕にくっついていた。